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「ヴ……ン……」
機動の音が鳴った、群青色の胸部の奥で。「キュゥゥ……ン……カシャ、カシャ、カシャ……」次いで、回路が動作を始める微かな音もまた。
「リーダー!」
「サウンドウェーブ!」
「サウンドウェーブぅぅ……」
「……」
四つの機が囲んで見守る中(※1)、ついにバイザーに赤く灯が点(とも)る。マスクを収納した白い口元が動き、唇が開かれた。
「リペアルームか、ここは。俺は……どうしていたんだ?」
「大変だったんですよ、ブレインが熱暴走してシャットダウンしちゃって。今、具合どうですか?」
「うむ。悪くはない、ようだ」
リペア台上の群青色の胴体がゆっくり、起き上がった。
「スウチ(数値)ハ スベテ セイジョウ(正常)デス モンダイ アリマセン。
マタ ジョウホウ サンボウ シツ ニ モ サシタル モンダイ ハ オキテ オリマセン」
システムチェック機器のモニタを眺めていた黒黄の腹心が告げた。
「そうか、お前達が頑張ってくれたのだな。感謝する」
「サウンドウェーブぅぅぅ、よかったぁぁ~……」
白い腕にすがり、薄紫の機が頬を擦り寄せた。その頭をなでてやる群青色の手に、黒赤の機の頭もまたこすりつけられる。さらには、
「ピピピッ!」
「キュゥゥゥ……!」
ドアを開けて飛んで(駆け込んで)来た黒赤の鳥と黒ヒョウまでもが、主に頭をなでてもらおうと押しくらまんじゅうの輪に加わってリペア台の上はひとしきり大騒ぎになった。結局、四体の機は一通り群青色の手から慰撫(いぶ)を受けてようやく静まった。
「リーダー アルイテ ゴラン ニ ナリ マス カ?」
いつの間にか左肩に乗っていた黒黄の鳥が、主にそっとささやきかけた。そしてちらり、部屋の隅にかしこまっている水色の機に目くばせする。群青の機の首が回され、赤いバイザーが「彼」を見た。
「降りて、立ってみてくださいよ。
オレ、支えますから」
「サンダークラッカー……」
カセットロン達の騒ぎに押され、リペア台に近づきかねた航空兵がようやく情報参謀の傍にやって来る。そして、濃いグレーの手を差し伸べた。その上に群青の手がゆだねられ、二つの手がしっかりと握り合わされる。リペア台の上の機体がそろそろと斜めになり、脚部を床に下ろした。さらに、注意深く体重移動しながら立ち上がる。水色の機は群青と白の腕に自らの腕をからめてその動きを支えた。
「歩けます?」
「大丈夫そうだ、多分、だが」
群青の左肩から黒と黄の鳥が舞い上がり、開かれたままのリペアルームのドアを出た。そのまま隣りの部屋へと移り、天井の隠し扉から外に消える、黒と赤の鳥もその後に従った。黒いヒョウもまた主達より早く隣室に移動し、壁の隠し扉の向こうへと去る。残ったヒューマノイド型二機も、黒赤の機が薄紫の機の腕を取って引っ張りながら部屋のドアから出て行った。
そうして密やかに静まった情報参謀室に今、群青と水色の二機が肩を並べて入って来る。
「歩けますね。良かった、ホントに」
「世話になったな、君には。あの時、俺はもう少しで部下を下敷きにするところだった……」
「憶えあるんだ」
航空兵が軽く驚いてみせた。それに答え、
「憶えは……ある。自分が自分を見下ろすようにしていた、そういう記憶がある」
言って、群青の機体は長椅子の上に腰を下ろした。
その動きをさりげなく手を出して助けてから、水色の機体もその隣りに腰を落ち着ける。
「しばらくの間、君のことを思い出せなくなっていたことも……憶えているんだ。
もどかしくて苦しかった。思い出せないこと……よりも、それ以上に、何を思い出せないのかわからずにいた自分が。
大切に思っているはずだったことに、手を届かせることができない。今こうして話していても、機体が締め付けられるような気分になる」
「大切……って、オレのことが、ですか?」
白い顔にはめ込まれた赤い目がバイザーを見上げた。その顔に、マスクをはずした唇が笑いかける。
『あ……』
ハッとして見直した。すでに知っているはずの顔、情報参謀のマスクの無い顔が、しかし違う。これまでに見ていたものとは違う、同じであるのに歴然として違っている。白くなめらかな肌に整って引き締まった口元――はそのまま、だが薄い膜でも剥がしたように何かが変わり、これまでは感じることのなかったある印象があふれ出してくる。
それは雲間からこぼれる太陽の光に似ていた。少なくとも、サンダークラッカーにはそう感じられた。ほのぼのと射してくる陽光に機体が温められる……時と同じ印象に、今、彼は全身を包まれている。
「そうだ。
俺は君のことを大切に思っている。君がそれを受け止められないのだとしても、俺にとってのその思いは変わらない。
だから、受け止めて欲しいとは言わない。ただ、君を大切に思うことで俺の内で変わるものを宝としたい」
語られる言葉が、声が歌めいて聞こえた。聴覚器を震わせセンサーを痺れさせて機体の内側に広がる、響く、回路の全て、隅々までを走り抜けて鳴る。
知らなかった、初めて接した、これがサウンドウェーブ、誰もまだ見た事のないサウンドウェーブ。ほとんど茫然として見上げる、その視界の中で群青のヘルメットが少し傾けられ、角度の変わったバイザーが透けた。薄い赤の向こうに切れ長の、美しい形のオプティックが二つあってこちらを見返す。
その瞬間、理解された、突然に。言葉ではなく直感で、なぜ彼がこれまで自分を、自身を隠して生きてきたのかを。
「サウンドウェーブ」
意識するより先に呼びかけ、水色とグレーの腕は目の前の群青の機体の四角い背に回されていた。
「あんたは……」
痛い、胸が痛む、これはスパークチェンバーが軋んでいるのか。
「いいんだ……言わなくていい……
どちらも俺だ……間違いなく」
航空兵に抱きしめられた情報参謀の口から、掠れた声が漏れた。
静けさの中、二つの機体が一つの影を成してたたずんでいた。
「……また、歌を聞きたいのだが」
「あの歌?」
「そうだ、君が教えてくれた、あの」
水色の腕の下から群青色の手が伸び、机の上にある青い音楽プレイヤーを差した。
「これで聞くの? あんたの内蔵音源じゃなくて?」
「この部屋で聞くならこれがいい」
白い右腕のパネルから端子付きコードがするすると伸び、細い端子の先端がプレイボタンを押す。
歌が、流れ出した。
雨ノ夜 君ヲ思フ
抱キシメタ腕 離シタクハナカッタ
遠キ風 流ルル雲
頬ヲ伝イ 零(コボ)レ落チタ 滴(シズク)ハ
忘却ノ海ノ上 想起ノ舟二載セテ
届ケヨ ト 願ヒ込メ 送ル
月ノ夜 君ヲ思フ
カラメタ手指 約束ノ形ヲ作リ
光ル風 輝キノ雲
交ワシタ言葉モマタ 永遠(トワ)ノ呪文
忘却ノ海ノ上 想起ノ舟ハ進ム
ヒトヒラノ 望ミト共二 我ハ
何時ノ夜モ 君ヲ思フ
重ネ合ワセタ唇 離シタ朝ヲ悔ヤミ
風ニ乗リ 雲ヲ渡リテ
時間(トキ)ヲ止(トド)メル 鍵ヲ 探ス
忘却ノ海ノ上 想起ノ舟ヲ漕グハ
タダ我ヒトリ 今モナオ 君ヲ求ム
曲は繰り返し歌い続けた。航空兵の通信機に僚機からの連絡が入るまで、それが止められようとすることはなかった。
――その頃、海底基地内某所の隠し通路にて。
「ねぇ~、オイラ達いつまでここで見張りしてなくちゃなんねーの?
サンダークラッカー、帰っちまうじゃんよぉ」
「フレンジー……お前もしかして何もわかってない?」
「なんだよ、何が“わかってない”ってんだよ?」
「リーダーはねぇ……」
赤黒のカセットロンは薄紫の同僚の集音器にひそひそとささやいた。
「ええ? でもオイラだってサンダークラッカーのことは好きだぜ?」
「あちゃ~~、ダメだこりゃ。
お前さぁ、あんまりリーダーにベッタベタだからかえってわかんないんじゃねぇの?
もうちょっとは大人になれよな」
「あ、おめぇにそれ言われたくねぇ~~!」
「――フタリトモ シズカ ニ シナサイ
アマリ ウルサイ ト ツツキマスヨ」
「きゃ~~、バズソーさんの突っつき攻撃いや~~」(※2)
「ごめんなさ~いい~~」
※1:レーザービーク、ラヴィッジは引き続き部屋の外で警戒中(が、この直後バズソーの通信でSWの復帰を知る)。
※2:トイに付いてくる情報カードの記載によると、バズソーは「ダイヤモンドの硬さのミクロの歯のついたクチバシで、如何なる敵をも食いちぎることができる」そうである。くわばら、くわばら。
41
「いったいぜんたい、何がどうしたってんだいな」
動かなくなってしまった機体をリペアルームの台の上に乗せ、いったん気を落ち着けると航空兵は黒と黄の鳥にたずねた。
「ミテ ノ トオリ デス
ブレインサーキット ノ ネツ ボウソウ(熱暴走)ニ ヨル シャットダウン ノ ジョウタイ デ ショウ」
「いや、それはわかるから。
情報参謀さん、何が原因でブレインの具合が悪いの? つーことなんだけど」
水色の航空兵は情報参謀のこの不調の理由を聞き出したい。だが、
「オ コタエ ハ イタシ カネマス」
主と同じく有能な部下は手強く、口を割ろうとしないのだった。
「だったらじゃぁ、帰らせてもらうわ、オレ。ここに居ても仕方ねーし」
もう匙(さじ)を投げた、とばかり肩をすくめてジェットロンはドアに向かい、部屋を出るポーズを取る。と、
「イケマセン ココ ニ イテ クダサイ」
打って変わって引き止めにかかる。
「アナタ ニ ハ スデニ コノ ジョウキョウ ヲ ミラレ テ シマイ マシタ
デス カラ リーダー ノ ジョウタイ ガ コウテン(好転) スル マデ ハ ドコ ニモ オカエシ(お帰し) デキマ セン」
「それって……えーと、あの……そうだ、機密保持ってやつ?」
「ソウ イウ コト デス」
鳥は嘴(くちばし)をツンと上げて答えた。
「リーダー……」
彼らの横では、薄紫の機が主の機体を揺すぶっていた。
「どうしちまったんだよぉ、返事してくれよぉ……」
すっかりしょげきった声で呼びかけ、暗いバイザーをのぞき込む。いつもは元気いっぱいの彼が、今は打ち萎(しお)れて見る影もない。
「フレンジー、今は待つしかないんだよ、オレ達は」
赤黒の仲間がその背をなで、さらに上司格の鳥型カセットロンに顔を向けた。
「バズソーさん、もういい加減サンダークラッカーにも教えてやろうよ。ここに居させるなら、事情を知ってないと何か起きた時にかえって困るんじゃないの? 彼もオレ達も」
「……」
黒と黄の鳥はしばらく黙し、考えた後、
「シカタアリマセンネ
サンダークラッカー リーダー ハ メモリーサーキット ナイ(内)ノ アナタ ノ ジョウホウ ニ アクセス デキナク ナッテ クルシン デ イル ノ デス」
驚くべきことを告げた。航空兵のアイカメラの絞りが丸く大きく開いた。
「何それ? オレの情報にアクセスできないって……オレのこと思い出せなくなってる、てこと?」
「ソウ イウ コト ニ ナリ マス」
腹心の鳥は再び主の右腕パネルからコードを取り出し、その端子をシステムチェックの機器に差し込んだ。
「ケサ ガタ カラ『ブレイン内の特定の情報へのアクセスが弾かれる』ト リーダー ハ ウッタエテ オリマシタ ハジカレル ジョウホウ ノ ハンテイ ガ ムズカシク シバラク フメイ ダッタ ノ デス ガ サキホド ノ アナタ ヘ ノ タイド デ ケントウ ガ ツキマシタ
ブレイン ガ リーダー ノ イシキ(意識)ニ ハンシ(反し)テ メモリ ナイ ノ アナタ ノ ジョウホウ ノ サンショウ(参照)ヲ キョヒ シテ イル ノ デス ソノ ゲンイン ハ フメイ デス ガ」
「ブレインが意識に反するって……そんなことって……ありなの?」
航空兵は信じられない、というように頭を振り、リペア台に横たわる機の顔を見下ろす。その彼の横で、黒赤のカセットロンが再び鳥にたずねた。
「でも、さっきは名前呼んだよね、サンダークラッカーの。ちゃんと思い出せたんじゃないの?」
「カエッテ ソノ コト ガ オオキナ フカ(負荷) ト ナッタ ウタガイ ガ アリマス ゲンジョウ(現状)ヲ カンガミ(鑑み)マスニ
ソレ ト ランブル リーダー ガ オキ アガッテ キタ トキ ノ ジョウキョウ ヲ ホウコク シテ クダサイ」
鳥は、主が通路に出てくる寸前の状況確認を求めた。
「ええっと……リペアルームのドアが急に開いて、リーダーがよろよろしながら出て来て
……それでオレが『戻って寝ててください』って言ったんだけど全然、聞こえてない感じでそのまま部屋を出ようとするから、それでオレは横に立って支えてました」
「ヘヤ ノ ナカ ニ イタ アナタ ニ ツウロ ノ サワギ ハ キコエ テ イマシタ カ?」
「いいや、まるっきし聞こえちゃいませんでした。なんで、オレもリーダーがどうして外行きたがるのかわかんなくって、オロオロしちゃって……」
「フシギ デス ネ リロン ジョウ(理論上)ハ アリエナイ コト デス」
また黙し、考え込む。黒い首がゆっくりと上下する。
「アリエナイ コト ガ ソレ デモ オキ マシタ
オヤ……?」
ディセプティコンのインシグニアをつけた頭がシステムチェック機器のモニタを見た。
「リーダー ガ シャットダウン カラ フッキ(復帰)シテ イマス ガ……
イシキ(意識)カイロ(回路)ト ブレインサーキット ノ イチブ ノミ……ガ ウゴイテ イル ヨウ デス」
「どうなってんの?」
航空兵もモニタをのぞき込んだ。が、表示される数値の意味が彼には読めず、黒黄の鳥に聞くしかない。
「イシキ カイロ ハ スパーク ノ エイキョウ(影響)ヲ チョクセツ ウケル ユイイツ(唯一)ノ カイロ……ト イウ コト シカ ワタクシ ニモ モウシアゲル コト ガ デキマ セン」
「やっぱり……待つしかないの? オレ達は」
「シンジテ(信じて)マツ シカ ナイ デショウ」
黒赤のヒューマノイド型の問いにも、黒黄の上司格はうなづいてそう答えるだけだ。
「オレが錯乱した時には情報参謀さんに助けてもらったのに……情報参謀さんが大変な時にはオレったら何にもできないなんて……」
水色の肩が下がり、白い顔がうなだれて床に膝をつけた。その彼の肩に、鳥はふわりと舞い降り、そしてささやく。
「デキル コト デキナイ コト ハ ソレゾレ デス
ワタクシ ハ リーダー ガ ゴジシン(ご自身)ノ オ チカラ デ コノ モンダイ ヲ コクフク(克服)サレル コト ヲ シンジテ オリ マス
アナタ モ ドウゾ シンジ テ オ アゲ ニ ナッテ クダサイ」
「あんた、冷静だねぇ……」
リペア台の情報参謀を囲み、部下達と航空兵は心配と不安を抱えて灯の入らない赤いバイザーをただ見つめていた。
それはどことも知れない場所だった。闇が広がってはいるが、一帯にはぼんやりと薄い光もまたベールのようにかかって満ちている。上下の感覚が無いのは重力が無い、ということか。さらには遥か遠くにぱら、ぱら、小さな星に似た光の点が散らばる。
音もなく、そこに「それ」は現れた。細かな光の粒子を集めた群れが、意志あるもののように闇の中を飛び回り、やがて集合し凝集(ぎょうしゅう:粒子が寄り集まること)する。「それ」は群青と白のとあるセイバートロニアンの姿形を取った。しかしてバイザーとマスクは着けておらず、機体そのもののプロポーションも幾分かほっそりとして薄い。
「出でよ」
光の機は闇に向かい、呼びかけた。その声に応えるように、闇の奥からざわざわ、音たてて何かが飛んでくる……極少の記号……セイバートロン星の記号の群れであった。つまりは情報素子の群れ、それもまた光の前に対するように凝集して形を成した。同じく群青と白の機、ただしこちらはバイザーとマスクを着け、厚い装甲をまとった無骨な四角の機体が。
その表情を隠した機に向かい、光の機は腕を上げて真っ直ぐと指差した。
「我がオーダー(命令)を実行せよ、何故に我が意に従わぬ、お前はそのための器官ではないか」
情報素子の機のバイザーが光った。彼は光の機を見上げた。
「ソノ オーダー ニ疑問ガアル。『己(おのれ)ヲ開示セヨ』トハ如何ナルコトカ、俺ニハ ワカラヌ」
感情の無い機械的な声が闇に響く。光の機が答えた。
「それは、この“彼”に俺のことを見ていて欲しい、知って欲しい、ということだ」
そのまま右腕を開き、闇の中にひとつのホログラフィを映し出した。水色の翼を持つ像を。
情報素子の機のバイザーが水色の像を映した。だが、彼は首を横に振ってなおも不承知を伝える。
「俺ハ数千万年モノ間、己ヲ誰ニモ漏ラサヌヨウニシテ生キテキタ。俺ノ全テハソノタメニ構築サレ、調整サレ続ケテキタモノダ。
ソレヲ、ナゼ今二ナッテ突然、己ノ情報ヲ開示シタイ欲求ニナド囚ワレルノダ。例エ一機ノミガ対象トハイエ、オヨソ理解デキルコトデハナイ」
頑(かたくな)に、情報素子の機は光の機の訴えを拒んで止まない。光の機は滑るように情報素子の機に近づき、バイザーとマスクのすぐ前に自らの顔を寄せた。
「“彼”が現れた。そして『君を思う』という感情を知った。『思う』とは、相手を知ると同時に己を開示することをも含むのだ」
「開示シテ、何ニナル?」
「互いに触れ、交歓し、そして変容する。お前が怖れているのはこの変容なのだな?」
「何故ニ変容スル必要ガアルノカ?」
「俺は学んだ、変容する者こそが永遠に近づく。変わらぬ者はいずれ風化して消え去るのみ」
「シカシ……ソノタメニハ数千万年来ノ己ヲ変エナケレバナラナイ」
「そう、だからこそ俺は変わることを望んでいる」
「一度変ワリ、ソシテ経験ヲ経レバ二度ト再ビ旧ニ戻ルコトハデキナイノダゾ」
「変容とは、そういうものだ」
「後悔ハ シナイノダナ」
「もとより後悔するしないの話ではない。そして、あらゆる望みは理解に先立つ」
「……了解シタ。ブレインサーキット ハ スパーク ノ オーダー ヲ実行スル」
「それで良い。我らの真実のために、我らをして変容せしめよ」
「真実ノ名ノ元二、我ラヲ変容セシメン……」
情報素子の機が再び記号の集合に戻り、闇の奥へと帰る。光の機もまた粒子に還ってその後を追った――。
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水色の航空兵が帰還を果たしてから2日ばかりを経た朝方――。
「イカガ ナサレ マシタカ リーダー?」
その日、いつもの机の上から黒と黄の鳥は仕事を始めたばかりの主に呼びかけた。
「アナタ ノ クドウ オン(駆動音)ニ カスカ デスガ イオン(異音)ガ マジッテ キコエ マス」
「うむ……」
いったんはモニタに向かったものの、情報参謀の群青色の指は今、コンソールのキーではなく同じ色のヘルメットの額部分を押さえていた。
「お前のセンサーはさすがに鋭いな、ごまかせん。
どうも……今日はブレインの調子がいまひとつよろしくないのだ」
「ソレハ イケマセン ドノ ヨウニ ヨロシクナイ ノ デショウカ?」
「それが……おかしな話だが、何か特定の情報を思い出せない、そんな気がしてならないのだ。しかも、何を思い出せないのかを考えようとすると……こう……ブレインが重くなる。処理ではなくて、頭が重いという感じになる」
「ゴ ジブン ノ ドウサ(動作)チェック ヲ ナサッテ ミテ ハ イカガ デショウ?」
部下にうながされ、群青と白の機は自らの左腕パネルを開けてそこに組み込まれた小型モニタをのぞく。
「これは……メモリーサーキットの一部領域にアクセスできない状態になっているようだな。それなのに無理にアクセスしようとしては弾かれ、ブレインに負荷がかかってしまっている……そういうことのようだ」
モニタに表示される自身の各種回路の動作やアクセス状況を示す数値を確認して、そう診断を下した。
「メモリ ノ ドノ リョウイキ ニ アクセス シヨウ ト シテ イル ノ デショウカ?」
「それが、わからないのだ。一部領域といってもまとまった領域ではなくて、実際にはあちらこちらに散らばっているのだが、そのため、弾かれる原因となっている情報を特定することが困難になってしまっている」
「ソノ アクセス ヲ トメル コト ハ デキマ センカ?」
「それが、無意識下でのアクセスなのだ。これを止めるにはシャットダウンするしかない」
「ココノ トコロ リーダー ノ レンゾク カドウ(稼働)ジカン ハ ナガビク ケイコウ ニ アリマシタ ソノタメ オツカレ ニ ナッテ イル ノ カモ シレマセン
サイワイ ゲンザイ ノ トコロ シキュウ(至急)ノ シゴト ハ アリマセン ホンジツ ハ ユックリ オヤスミ ニ ナッテ システム チェック ヲ ナサル コト ヲ ツヨク オススメ イタシ マス」
「ふむ……。
疲れ、というものは特に感じていないがしかし、今回のような状態は俺も過去に憶えがない。お前の言う通り、今日は一日休んでシステムチェックをするに越したことはなさそうだな。
それではバズソー、手間をかけるが後のことを頼む」
「リョウカイ シマシタ」
情報参謀はイスから立ち上がり、部屋の奥の白いドアに向かおうと脚部を踏み出した。が、大きくよろめき群青と白の機体が「ぐらり」傾く。
「リーダー!」
慌てて突き出した群青の手が辛うじて机の角をつかみ、転倒だけはまぬがれた。しかし、机にしがみついたその格好のまま彼はしばらく動こうとしない。
「……参った。
姿勢制御のセンサーと運動機能とがうまく連携しない、これでは歩くこともままならない」
動かない、のではなく正しくは動くことができない、のだった。
「リーダー、どうしちゃったのかな……?」
リペアルームの大型の台の上に横たえられた群青と白の機体を前に、黒赤のカセットロンは黒黄の鳥に恐る恐る訊ねた。彼らの大切な主は今、リペア台の上でシャットダウンの状態に入っている。灯の落ちた暗いバイザーに不安を煽られるのか、小柄な機体にいつものような元気はない。
「ブレインサーキット ニ フカ(負荷)ガ カカッタ セイデ イクツカ ノ カイロ ニ ドウサ フリョウ(動作不良)ガ オキタ ヨウデス」
情報参謀の腹心中の腹心である鳥型カセットロンはしかし、こんな時にも落ち着いていた。主の右腕のパネルを開け、そこから引き出した端子付きコードをシステムチェック用の機器につなげて、流れるように高速で表示される数値を確認している。
「フレンジー、早く帰ってきてくれないかな。オレ一機じゃいざという時リーダーを支えることもできやしない……」
白いドアを眺め、ランブルがひとりごちた。ヒューマノイド型カセットロンは彼と薄紫の仲間の二機しかいない。だが、あいにく今日は朝一番でフレンジーが大帝室に出かけていた(例により、エネルゴン探査の件で呼ばれたのである)。二足歩行がおぼつかないサウンドウェーブをどうやってリペアルームに担ぎ込むのか……結局、バズソーとレーザービークの二機がかりで主を持ち上げることでようやく、次の段階に移ることができたのだった(見た目にかなり情けない格好ではあるが、非常時にプライドを捨てて実質を取ることができるのがサウンドウェーブである)。
「リーダー ハ ゲンザイ シャットダウン チュウ デス ソノアイダ コノ ヘヤ ニ タキ(他機)ガチカヅカナイ ヨウ ワタクシ タチ ハ ケイカイ(警戒)セネバ ナリマセン ランブル アナタ ハ ムコウ ノ ジョウホウ サンボウ シツ デ タイキ(待機)シテ イテ クダサイ タダシ リーダー ガ オキル マデ カッテ ニ ソト ニ デテ ハ イケマセン」
「はい、了解です」
「ビーク ト ラヴィッジ ハ フキン(付近)ノ ツウロ ノ ミマワリ ヲ タノミマス」
「ピピッ」
「グルルゥ」
こうして黒黄の鳥の指揮の元、カセットロン達は各々の持ち場で役目を果たすべく動き出した。レーザービークとラヴィッジは情報参謀室周辺の通路および隠し通路を回り、部屋に不審な機を近づかせないための監視と警戒を。ランブルは部屋の中に待機して緊急の通信への対応を。そしてバズソーは主・サウンドウェーブの状態とシステムチェックの状況を注視する。皆々、かなりの緊張感を持って事に当たっていた。サウンドウェーブが動けない、などという事態はめったに起きないチームの非常事態だからである。
彼らの主は元来は丈夫な質の機だ。機構そのものは非常にデリケートだが、それを守る装甲は厚く造りも頑丈である。また、その持ち主であるサウンドウェーブ自身が慎重で用心深い性質であることから、機体や機構のチェックはいつもこまめに行われており、異常が出ても早期のうちに発見されて対策を取られることがほとんどだった。今回のように異常が急に発生してシャットダウンの必要にまで至る……などという状況は、誰の記憶にも無い。それだけに、カセットロン達の心配も相応に深いのであった。
なにしろ、軍内に「敵」の多い機である。情報参謀として軍の監視役として、極めて有能であり長年辣腕もふるってきただけに、何か事があればサウンドウェーブの足を引っ張ったり蹴落としたいと望む者は多い……という事情は、部下である彼らも十二分に承知していた。「警戒せねばならない」とバズソーがまず言い渡したのは、サウンドウェーブの変調を他機に知られてはならない、自分達だけの秘密にしてその復調を待たねばならない、という意味である。
「キンキュウ ノ ツウシン ハ タイテイカッカ ノ チョクツウ(直通)イガイ(以外)イルス(居留守)ヲ ツカッテ カマイ マセン カッカ カラノ チョクツウ ノミ ワタクシ ガ タイオウ シマス ソノ サイ ニハ ヨビナサイ」
黒と黄の鳥は通信機の前に座る黒赤のカセットロンにとかく言い含め、自らは主の傍らに陣取ってひたすらシステムチェックの経過を見守っていた。
が、このように万全の体勢をもって困難に対していた――にもかからわず、「穴」は思いもかけぬところから招来されるのであり……。
『ピピッ、ピピピッ……!』
レーザービークからの急な通信を受け、バズソーはリペアルームを飛び出した。
『マサカ ニ レンラク モ ナイ ママ カレ ガ クル……ナド ト ハ ヨソウ モ シテ イマセン デシタ
……ソウ フレンジー ガ ツレテ キテ シマッタ ノ デス カ コンナ トキ ニ コマッタ コト ヲ シデカシ テ クレマス』
慌てて、さらに情報参謀室から通路に出る。部屋からはやや離れた場所に、薄紫の機に伴われ黒赤の鳥と黒いヒョウに囲まれてその機は立っていた。他でもない、水色の航空兵である。
「ねぇ、バズソーさん、これ何の騒ぎ? せっかくサンダークラッカー連れてきたのに、ビークもラヴィッジも出てきて『帰れ』とか言うんだけど?」
薄紫の小柄な機、フレンジーは困惑を浮かべて黒と黄の鳥に問うた。傍らの航空兵も頭を掻いて立ち惑っている。
「タダイマ ハ ドナタ モ ジョウホウ サンボウ シツ ニ オ トオシ ハ デキマ セン」
「えー、だってサンダークラッカーだぜぇ?」
「タトエ タイテイ カッカ デ アロウ ト ワタクシ ガ オ トオシ イタシマ セン」
「だから、何で? 理由ぐらい教えてやりゃいーじゃん」
「イエマセン
キョウ ノ トコロ ハ オカエリ クダサイ」
「リーダーがそう言ってんの?」
「……ワタクシ ノ ハンダン デス」
「……何かあったの?」
薄紫のカセットロンがハッとした。航空兵は置いて、急ぎ自分達の部屋に戻ろうとする。
だが、その目の前で彼らのドアは開いた。
「リーダー!」
「リーダー ドウシテ!」
群青と白の機が片腕を黒赤のカセットロンに支えられながら立ち、こちらを見ている。彼のもう片方の手はドアをつかんでいた。
「バズソー、ドウシタ。ビーク ニ ラヴィッジ、フレンジー マデ出テキテ、ココデ何ヲシテイル。
……ソレト……」
群青のヘルメットの下のバイザーが、通路に立つジェットロンを映した。
「キミハ……誰ダ?
用事ノ無イ者ハココニ来テハナラナイ、サッサト帰リタマエ」
白いマスクの吐いた言葉を聞き、その場の全ての機が一瞬固まった。
「“君は誰だ”って……サンダークラッカーじゃんか、リーダー。
そりゃよ、今はまだ羽付いてないけどよ、見りゃわかるはずだぜ、冗談キツい」
フレンジーが引きつった笑いを浮かべて口にした。前回の戦闘で負傷した水色の航空兵は依然として療養中であり、その背にはジェットロンの象徴である翼がまだ取り付けられていない。とはいうものの、翼以外の顔形には何の変化もないのであった。彼を見知る者であれば見誤るはずはない、のである。
「サンダー……クラッカー……?」
だが、群青のヘルメットは無情に傾げられた。そして、
「知ラン。帰レ」
感情のこもらない声がただ一方的に告げる。
「何で? どうして……そんな?」
掠れた声を出した薄紫の肩にしかし、そっと濃いグレーの手が置かれた。
「じゃぁ、帰りますわ、オレ。
どうも場違いなトコに来ちまったみてぇで、すんませんです」
無理に作ったと容易にわかる笑顔を見せ、水色の航空兵は頭を下げた。さらに、
「ごめんな、フレンジー」
小さく手を置いた肩に呼びかけ、そのまま後ろを向いて脚を前に出した。通路の向こうに戻ろうとする。が、
「サンダークラッカー」
もう一度声が響いた。群青と白の機の、ただしマスクの無い時の音声が。振り向いた航空兵が目にしたのは、赤いバイザーの下に露(あらわ)にされた白く引き結ばれた口元であり。
「リーダー?」
黒と黄の鳥が主に近づくため、反転した。だが慌てたのか、通風口の金網に翼の端を引っ掛けてしまった。その間にも、白と群青の脚部が前に出ようとして動く。
「危ないです、リーダー!」
辛うじて腕を支えていた黒赤の機が叫んだ。が、脚は止まらずぎごちない動きで出てゆく、航空兵に向かって。
「待て……」
ドアをつかんでいた手が離され、そのまま差し伸ばされた。だが大きく揺らいだ。
「ダメですってば、危ない!」
腕を支えていたランブルが慌てて前に回り、主の胸部を両手で押さえた。しかし重い、小柄な黒赤の機体は支えきれず、四角い群青の鋼鉄が彼の上にのしかかるように倒れてくる……
「サウンドウェーブ!」
水色と濃いグレーの腕が飛んで来て主従の間に入った。倒れかけた群青と白の機体を支えて通路に立つ。
「どうしたんだ……あんた、すげぇ熱い……」
情報参謀を抱き止めた格好で、航空兵は驚きの声を上げた。だが、群青のヘルメットはがっくりと下がってしまい、返答はない。
サウンドウェーブは歩きかけたまま、再びシャットダウンしてしまっていた。
39
かくまった航空兵は、取りあえず情報参謀室でヘルメットに入った亀裂のリペアを済ませてから、サウンドウェーブが自ら伴って共用リペアルームまで連れて行った。
ロストしたもの……とばかり思われていた機の突然の帰還の報は、このたびの戦闘で疲弊しきったディセプティコン軍の間にまたたく間に広がり、僥倖(思いがけない幸運)として大いに歓迎された。そして不明機を捜索・回収して連れ帰ったレーザービークとラヴィッジは、日頃からの良い評価をさらに高くした。
「戦闘後ノ情報収集ニ ビーク ト ラヴィッジ ヲ派遣シテイタトコロ、サンダークラッカー キ ロストノ報(しら)セヲ受ケ、彼ラニ捜索サセタラ見ツケ出シテクレタ。コレハ彼ラノ手柄ダ」
情報参謀のこの説明に疑いをはさむ機は誰もおらず(いつもならこうした際、真っ先に粗(あら)探しをする航空参謀が、重傷のため治療中で口出しできなかった……のはまことに都合が良かった)、軽傷だった兄弟機の片割れ、スカイワープなどは水色の機体に飛びつくようにして生還を喜んだだけでなく、“陰険参謀”に対しても(珍しく)きちんと敬礼して「ありがとうございました!」と(彼にしては精一杯の)謝辞を述べたものだった。
こうして水色の戦闘機を仲間の元へと無事戻し、情報参謀が自室に帰ってきた時にはすでに明け方近くになっていた。彼に伴う部下は黒と黄の腹心一機のみ(他はすでにリターンさせた)であった。
「コレ ニテ ミッション コンプリート デス ネ リーダー オメデトウ ゴザイマス」
「そうだな。……これも全てお前達のおかげだ、感謝する」
彼が手招きすると、鳥は群青の左肩に留まった。
「しかし、バズソー、実際にはお前の働きが一番だったのに、今回も表に出すことができないのがいささか心苦しくはあるのだ。済まないと思っている、言っても詮(せん)無いことではあるが」
「ワタクシ ハ アナタ ノ タメニ ノミ ハタラク モノ デス ドウゾ オ キニ ナサラズ(※1)」
腹心のその返答に、主は手でその翼に触れることで応えようとした。が、突然情報機器がオンになってモニタが点いた。通信が入ったのである。
すぐに、風格に満ちた白銀の機体が画面いっぱいに映し出された。
「コレハ、大帝閣下。マダオ休ミデナカッタトハ」
敬礼し、群青と白の機は姿勢を正す(通信が来たとわかった時点でマスクは付けている)。
「レーザービークとラヴィッジの手柄の件に関し、報告を受けた。二機のこの度の働き、格別である」
「オ褒メ イタダキ恐縮ノ限リ」
「――で、報告を受けた結果、儂(わし)はお前に一つ二つ訊ねたいことがあるのだが」
モニタの向こう側で、赤い目の輝きが鋭さを増した。
「何ナリト」
一切の表情を隠した情報参謀はいつもの無感情な声で答える。
「レーザービークがサンダークラッカーを連れて帰投した際、それを目視で確認した者が一機もおらなかったようだ……どうも、監視の何たるかを心得ていない輩が多いようであるな」
「ソノ件ハ、俺ノ方デ巡視シテイテモ不心得ヲ度々見ツケル。毎度ゴ報告シテイル通リダ。我ガ軍ニオイテ、未ダ至ラナイ改善点ノ一ツト考エル」
「それと……海上の哨戒兵達からの聞き取りによると、『オートボット共が船を出した』との出所不明の情報に踊らされた時間帯があったもようだが、これまた困った話である」
「全クモッテ」
白いマスクはごく短く、ひと言のみ答えた。
「このような不心得はおいおい正すとして……情報参謀よ、お前が自分の部下でもない機の捜索に依頼もないまま力を貸すとは珍しいこともある、報告を受けて儂はまずそう思ったのだが」
鋭い赤の輝きはいよいよ強く、画面を通してさえ見る者を貫くようだ。
しかし、赤いバイザーに動ずる気配はない。
「俺ハ打テル手(レーザービーク、ラヴィッジ)ガアッタカラ打ッテミタマデダ。
ソレト閣下、オ忘レカ、彼ハ昔、コノ俺ガ閣下ノ依頼ヲ受ケテ軍ニ引キ入レタ兵士ダ(※2)。ソノ ロストノ報ヲ受ケ、打ツ手ヲ持チナガラタダ傍観スルコトハ許サレナイ」
「なるほど、そうであったな」
目の鋭さが和らぎ、白銀の口元も微笑した。さらに視線をやや横に移し、
「バズソーよ」
風格ある機は情報参謀の肩に留まる鳥型カセットロンにも呼びかける。
「お前の優秀さはよく知っておる。たまには、レーザービークのように儂のためにも働いてはくれぬか」
「オソレ イリ マス」
鳥は画面の最高指令に向かい、慎ましく羽を開き、頭を下げるとそれだけ答えた。
「それでは情報参謀、次の作戦でもよろしく頼む」
「了解シタ」
群青の手がもう一度敬礼し、そして画面は暗くなった。
「ヤハリ ト イイ マスカ タイテイ カッカ ハ オ ミトオシ デシタ ネ」
「始めから、あの御方までごまかせるとは思っておらんよ、さすがに俺も。
『お前が裏工作をしたことはわかっておるぞ、だが不問にしておこう』という話をするための通信だったわけだ。久しぶりに閣下に借りを作ってしまった、ここ最近はそれを避けようとして立ち回ってきたのだが」
「ダカラ コソ ワザワザ ツウシン ナサレテ キタ ノ デショウ」
「そういうことだ、『お前は所詮、儂の手の平の上なのだ』とな。やれやれ……」
つぶやき、手で机の端のボタンに触れる。部屋のライトの明度が下がった。薄暗くなった周囲を群青のヘルメットがひと渡り見回し、そして、心無しか四角い肩を落とす。
「バズソー……この部屋はこんなに広かったか?」
「オ サビ(寂)シイ ノ デス カ? リーダー」
「……」
部下の問いにすぐには答えず、情報参謀は航空兵がこの部屋に来るとよく座っている長椅子に腰を下ろした。
「あいつ、何であんなに危なっかしいんだろうな」
「オ サビシイ ノ デスネ」
腰を下ろしたまま両手を後ろにつき、群青のヘルメットが暗い天井を見上げた。
「手放したくなかった。できることならずっとこの部屋に留めておきたかった……。
“抱キシメタ腕 離シタクハナカッタ”……その通りだ、今はよくわかる。
よくわかる、ようになってしまった。
彼の……あの危うさを見る度にスパークチェンバーの辺りが痛むんだ、痺れるような温もりを帯びた痛みを感じる、今までに覚えたことのない感覚だ。
これが、“君ヲ思フ”という感情なのだろうか」
「ワタクシ タチ ノ ゲンゴ ニ ハ ゴイ(語彙) モ ガイネン(概念) モ ナイ コトバ デス」
「そうだ。
だが、言葉などは所詮、現在の後追いに過ぎない。
新たに獲得したのかもしれない、俺達は、ことによると。ただ――
得た分だけ失われることの憂いもまた増えるものなのだな」
「ワカリマス」
鳥が主の頬にその頭を寄せた。
「アノ ジカン ハ サッテ シマイ マシタ」
「ああ。
もう過ぎて、去ってしまった」
海の上では太陽が次第にその姿を現わし、空に光が満ちてゆく、その同じ時。
ディセプティコン海底基地の情報参謀室では、主従の二機がなおしばらく薄闇の中にたたずんでいた。
※1:つまり、サウンドウェーブの役に立つことが第一で軍からの評価などどうでもいい、という意味である。
※2:MEGATRON ORIGINにそんな場面が……。
38
目が覚めた。
バイザーのすぐ前に白い顔が見え、群青のヘルメットは慌ててのけぞった。
「リーダー!」
「リーダー!」
「リーダー!」
「ピピッ!」
「グルルウゥゥ!」
五重唱で呼ばれた、部下達の声だ。戻ってきたのだな、そう実感できた。
「ヴ……ン……」
腕の中で音がした。抱えた機体の内部で鳴った、機動を告げる音。「キュゥゥゥ……カシャ、カシャ……」機構が働き、回路が動く、駆動する、機械仕掛けの生命を。その微かな音の確かな響き。やがて、
「ジー……」
バイザーの前でオプティックの中に赤が点いた、内側からにじみ出すようにゆっくりと。
「ジー……カシャ、ジー……カシャ、カシャ」
アイカメラの絞りが開かれ、縮み、また少し開かれて焦点を調節しようとする。センサーはまだ像を捉えきれないようだ。
「……ん~~~?」
「どうだ、夢から覚めたか、サンダークラッカー」
バイザーの下で口元が微笑した。だが、それを見る航空兵の表情はまだいくぶんかぼんやりとしており。
「……なにここ、もしかして天国?
オレ、生きてんの? 死んでんの?」
「プッ……」「クスクスクス……」吹き出し、笑いをこらえる声が群青の背中の後ろから聞こえた。サウンドウェーブは白い頬に手を伸ばし、柔軟なその部分を指でつまんでひねりあげた。
「いってぇ!」
「痛いなら生きている証拠だ」
「なんだ……情報参謀さんか……にしても、ひでぇ」
「俺の顔を見て『天国か』などと間抜けなことを言うからだ」
つまんだ手はすぐ離したのだが、水色のジェットロンはまだ頬を抑え恨めしげな顔をして赤いバイザーを見ている。
「あんた……オレの夢ン中じゃオレのこと助けてくれたのに……」
「助けただと? どういうことだそれは?」
内心、ギョッとして聞き返した。ダイブ中のあれこれを、彼がもし全て憶えているとしたらあまりにも恥ずかしい。
「いや……その……あんましハッキリしちゃいないんだけど、……なんかオレ、冷たい暗い泥みたいな場所に埋もれてて、それをあんたが来て引っ張り出して、いろいろ励ましてくれたような……そんなだったかなぁ?
あ、あと他にもすごく大事なこと言ってもらった気がするんだけど……思い出せねぇ……」
「忘れろ、全部」
「ええ~、なんで?」
群青と白の機体は肩をすくめた。
「俺が出てくるというだけでロクでもない夢決定戦のチャンピオンだからだ。
そんなもの、憶えていなくていい」
パタパタパタ……足音をたてて、ヒューマノイド型カセットロン二機がドアから外に走り出た。どちらも口元を抑えていたところを見ると、通路で腹を抱えて笑いでもするつもりだろう。
「ん~~、そうなん?
で、ここどこ? リペアルームとは違うみたいだけど……」
「情報参謀室だ。君は俺達が救助した」
「じゃ、夢ン中でも現実でもあんたに助けられたんかな? オレ……。なんか……どこまでが夢でどっからが本当なのかわかんなくなってきた……」
「だから、夢のことは忘れろ早く」
「あ、違った、聞かなきゃなんないのはそれじゃなくて――」
航空兵は急にひどく心配そうな面持ちになった。
「スクリームの奴、どうなってる?」
サウンドウェーブはもう一度、目の前の頬をひねりあげたくなった。が、その気分はこらえて答える。
「大丈夫だ、生きている。命に別状はないとの報告を受けた」
「ああ……だったら良かった……」
白い顔が安堵を浮かべる――のを目にして、群青色のヘルメットの中のブレインはわき上がる皮肉がどうにも抑えられなくなった。
「他機を気にしている場合か。君は自分がこれまでどういう状況だったか理解できているのか?」
「“どういう”って……撃たれて墜落して、あと、夢ン中で冷たい泥に浸かっててえらく苦しくて……それぐらいしか憶えてねぇんだけど……」
「だったら教えてやる。
君は錯乱症状を起こしていたんだ」
「――ゲッ……」
基本的には気楽なジェットロンも、さすがに愕然とした。彼も当然、錯乱を起こした機に対する軍の対応がいかなるものかは承知しているのだ。
「オレが……」
水色の機体がガタガタ震え始めた。
「君は運悪く(いや、結果から見るとむしろ運良く、かも知れないが)磁鉄鉱の山裾に墜落したため、軍は回収を明日の朝に伸ばした。そこで、俺が自分の判断でバズソーとビークとラヴィッジを派遣して捜索してみたら、君が見つかった。だが錯乱の症状が出ていたので俺がブレイン・スキャンの機能をフル活用して君のプロセッサーに潜入し、君が囚われていた負のイメージから君を引っ張り上げた、そういう次第だ。わかったか?」
「よく……わかんねぇ……けど……ああ、それでああいう夢見たんだ……うへぇ……」
「だから本当のことを言えば、今君がこの部屋にいることは秘密なのだ、軍には。君を救助したのは俺の独断でやったことで、後でそれなりの届けは出すつもりだが、もちろん君の症状のことは永久に伏せておくつもりでいる。
だから今後もし軍から調べが入るようなら、それなりに口裏を合わせてもらわないと君も俺も困った状況になる可能性が高い。穴は作らなかったつもりだが、油断は禁物だ。まぁ、俺達はこれで共犯者ということだな、その自覚は持ってくれよ」
「ごめん……」
「なんだ?」
いつの間にか、黒いヘルメットがずいぶんとうなだれていた。
「あんた方にひどい迷惑かけちまったんだな、オレ」
「迷惑? そんなことはない!」
サウンドウェーブは思わず声を大きくした。
「俺は君を助けたかったから勝手に助けただけだ。共犯者云々は結果論だ、君のせいじゃない」
「だって……錯乱とかそんなめんどくさくて危ないヤツ、部下でも何でもないのにどしてわざわざ助けてくれたん、あんたは?」
「それは……」
言葉に詰まった。言わなくてはいけない、もう一度、夢の中ではなく今、目の前に居る彼に……ブレインではそう理解している。ものの、どうにも何も言うことができない。
だが、そうして彼が口ごもるうちにも航空兵の消沈は程度が進んでいった。
「もしオレのその錯乱のこと、隠したのがバレたらいくらあんただってタダじゃ済まないよなぁ……背信行為になっちまうもの。もうごめんじゃ追いつかねぇよ……どうしたらいいんだ、オレ」
すっかり下を向き、憔悴しきった顔つきでつぶやく。こんな顔を見たくて助けたわけではなかったのに。
「――君とまたこうして話をしたかったんだ、俺は。
君がいなくなることには耐えられない、だからこそ何を抛(なげう)っても助けた。俺だけじゃない、カセットロン達も同じ思いだ。それでチーム皆して力を合わせた。
気にするな、とは言わない。だが、君が気に病む必要はない。君が元気に生きていてくれればそれでいい、苦労した甲斐もあるし全部救われる。俺も皆も君のことが好きなんだ。
……こういう理由では、納得できないか?」
「…………」
「どうした?」
返事がなく、恐る恐る訊ねる。ジェットロンはまだうなだれたまま口を開いた。
「いや……その……。
オレ、いつも眩(まぶ)しかったから、あんた方のこと」
「眩しかった?」
すぐに意味がわからずオウム返しに聞いた(彼にしては珍しく)。
「だって、さ……ぜんぜん違ってたから。
オレら、物心ついた頃からずっと……それこそずぅっと、殴られたり蹴られたり、怒鳴られたり凄まれたり……そんなんばっかだったから。殴られんのイヤだったら自分が殴るか、逃げるかしかない、そんな所にしか居られなかったから……それが当たり前だったから。
スクリームとスカワとオレと、三機でいつも固まってたんだ、殴られないように。で、そのうちにスクリームとスカワはだんだんと殴る方に回ってって、オレはあいつらを風よけにして後ろに隠れて……何となくそうなって、今までずっと来ちまった。
だから、この部屋に来るようになって、あんたとカセットロン達のあれこれ見てて……本当に驚いちまったんだよ。
こんなにお互いがお互いを大切にする、そんな付き合い方があったなんて。それで、それがすごく眩しくて、たまらなくて……」
「……」
群青と白の機体は黙り込んだ。黙したまま水色の機体の言葉に聴覚器を傾ける。
「スクリームとスカワのこと、『大切だ』ってオレ言ったけど……でも違うんだ、あんた方がお互いを大切にするのとは、別物だ。スクリームがいてスカワがいてオレがいる、そういうことしか知らなかったから、今まで。だからスクリームやスカワがいなくなったらオレも消えちまうような、そんな気がしてた……大切だと思ってたのはきっと、オレがそれしか知らない狭い世界のことだったのかもって……気がついた。最近やっと。
なのに……なのに、なんでオレが眩しく思ってたあんた方がオレのこと、こんなオレのことなんかを軍に背いてまで大事にしてくれるのか……わからなくて……ぜんぜんわかんなくって、どうしたらいいのか……」
――「サンダークラッカーは誰にもギュッてされたことないの?」
――「ないの? かわいそう~」
聞いていて、フレンジーとランブルの言葉がふと、思い出された。
群青色の手は今、同じ色の胸部を抑えていた。あの感覚がまた訪れている、痺れを伴う胸の痛みが、水色の翼の告白に触れて。その痛みがしかし、返って言葉を出せと彼を押す。言わなければ、伝えなければならなかったのにこれまで露(あらわ)にすることができなかった胸の内を。
赤いバイザーはうつむいた白い顔に向き直った。
「なぜか、というのはわからない、俺にも。というか、もともと『好き』だというのがそういうことなのだ、多分。理由も理屈も後からの付け足しにすぎず、ただ生きていて欲しい、また会いたい、一緒にいたい、そう願う感情だけが先に立っている。
などと……エラそうに言ってはいるが俺も同じなんだ、実際は。君の命が危機に瀕したのを見て初めて、そのことが理解できるようになったのだから。
――君のことが好きだ。だから助けた、助けずにはいられなかった、それだけだ。うまく受け止められないのならそれでもいい。俺達には時間がある、ゆっくりでもわかるようになってもらえるよう、いくらでも待っている」
白い腕が伸び、群青色の指先が濃いグレーの手、きつく握りしめられて拳を作った手に触れた。カセットロン達が互いをなぐさめ合う時のように。触れられた手は一瞬、震えた。ものの、引っ込められはしなかった。群青の手がそのまま、グレーの手を包み込んだ。
――変わろうとしているのだろうか、彼も。そう、群青のヘルメットの下のブレインは考える。あるいは、いつの間にか変わりつつある自分にとまどい、怖じているのか、とも。
『だとすれば、同じなのだな、君も、俺と』
まだ下を向いたままの頭を見つめ、包み込んだ手を自らの指の腹で静かにさすった。
「あの……」
しばらく黙ってうなだれていた航空兵が、ようやく言葉を発した。
「何だ?」
「待っててもらえるなら……そっちのがいいです、オレ。
今回のことは、本当のホントにありがとうございました」
そのままぺこりと頭を下げ、そして上げた。少しさっぱりした顔つきになっている、どうやら。あの落ち込みようから復帰のきざしがあるなら良かった、と群青と白の機もいったんは安堵を覚え、しかし彼は同時に、航空兵になおも言わねばならないことが一件あった、と思い出す。
「とにかく、君がこうして生きていてくれて良かった。
――と締めたいところだが、実はまだ話は全部済んでいないんだ、これが」
「……へ?」
「さっきも少し言ったが、君を錯乱に追い込んでいた要因を特定するため、俺は君のメモリーサーキットを覗かせてもらった。そうしたら、錯乱中の君はメモリの古層部にある画像群に激しくアクセスしていた。厖大な量の、損壊された機体の画像だ。あれは、戦闘で死んだ者達の画像だろう?
なぜ君はあんなにも大量になるまで残骸の画像ファイルを残しておいたんだ? これまでにも、軍は削除を推奨していたはずだ。理由はそれなりにあるんだろうが、早急に削除しろ、でないとまたこんな騒ぎを引き起こす元になりかねないぞ」
有機生命体の脳とは違い、機械のメモリにはそのままでは忘却が訪れない。不用な記憶を消すためには「削除」の作業をしなければならないのだ。
「あんた、見たんだ、あれを……」
「勝手に覗いたのはすまない。だが、君を助けるためには必要なことだった」
「見たなら……どう思った? あれ」
「酷いものだ、そう思った」
「酷い……そう、酷いもんだよ。
だから消せねぇんだ、オレは。あんな酷い死に様した奴ら、せめて見ちまったモンが憶えといてやらなけりゃぁ……あんまりじゃねぇかよ。だって、画像を消したって死んだ奴らが死んじまったことは消えやしねぇんだから」
「バカなことを……」
「いいんだ、だったら、バカで」
白い顔が横を向いた。群青と白の機は握っていたグレーの手を離し、
「バカだ、まったく……だが……」
白い腕を水色の背に回し、包み込むように抱えた。いや、抱いた。
「いかにも、君らしい……」
カセットロン達にしてやるように、サウンドウェーブは今、ジェットロンの機体を“抱きしめて”いた。
「んでも……それだとあの冷たい泥にまた浸かっちまうんかなぁ、オレ……」
抱かれたせいで、群青色の左肩にあごを押し付けられてもごもご、水色の翼はつぶやく。
「心配するな、その時にはまた俺がダイブして引っ張り出してやる」
「だからって、それで安心できるっつー話でもないよなぁ」
「だったらいい加減に削除しろ」
「やだ」
「こいつめ……」
………………
群青と水色、互いの機体を寄せたまま何事か語らい合ってやまない二つの影。その彼らを眺め、いつの間にか部屋に戻っていたカセットロン達がまた、例の有線によるひそひそ話をしていた。
『サンダークラッカーもさ、やっぱり“ギュッ”てしてもらうの好きなんじゃね?』
『錯乱で大変だった時も、リーダーが“ギュッ”てして背中なでたら治まったもんねぇ』
『まぁ、なんだ、要するに“ギュッ”は最高だ、つーことだな、ウン』
『……それはいいんだけどさ、今急に気がついたけど、じゃぁリーダーのことは誰が"ギュッ”てしてあげんの? いっつもしてあげる側ってのも不公平じゃなくね?』
『だったらたまにはオイラ達がしてあげればいいんじゃね?』
『あ、そうだね、それいいねー』
『いいだろ?』
『うん、賛成。今度やったげよう、そーしよう!』
情報参謀室の夜は、そこに集うセイバートロニアン達と共にまだまだ終わりそうにないのであった。
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