うろうろ雑感ノート

文章創作に挑戦する一個人のブログです。 日々の生活の中で気になること、思うこと、 そして自他の作品に関する考察を中心に、日記形式で書いてゆきます。

バトン2題です「にゃ」


 妄想連載中にバトンが回ってきてましたにゃ。

  青海千鳥さんから【猫バトン】、いおりんさんからは
【管理人の輪をつくろう】バトンをいただきましたにゃ。
で、まずは「猫」のほうをご説明しますにゃ。

 ☆猫バトン☆==

・これが回ってきたら次に書く日記の語尾すべてに
「にゃ」「にゃん」「にゃー」等をつけなくてはならない。
・「な、ぬ」も「にゃ、にゅ」にすること。
・一人称は必ず「我輩」にすること。
・日記の内容自体は普段書くような当たり障りのないもので構わない。
・日記の最後に5人!まわす人の名前を記入するのを忘れないこと。
・既にやったことがある人でも回されたら何度でもやる事。

 「管理人」の方は過去に一度回答したことがありますにょで、
この際「猫」込みでやってみたいと思いますにゃん。

 ――では、いってみるにゃよ!


 『管理人の輪を作ろうバトン』
----------------------------------
 【バトンを受け取った方は下記にHNの記載をお願い致します】
華→希衣那→下田りょう→れな→くり太→早月あすか→冴月禄→
室崎→椎名→瑛→帷琉→彩歌→りっきー→あやき→吾桑→田所→
87→詩羽→テト→由高→イット→蟹→sota→トリノ→丈田→
きりや→惣→ぺってん紳士→秋月→アリズミ→姫神グリコ→
たつみん→シノチン子→バタ犬→ナス→ハナ→鳴瀬 翔→ナダゲツ
→高科夾→松永くずは→咲希(奈々)→土成→いおりん→サカイカヲル


 【貴方のHNを教えて下さい】

 我輩は「サカイカヲル」と申しますにゃ。
本名をちょいといじっただけですにゃぁ。


 【貴方のサイト名を教えて下さい】

 『読み物屋黒猫館』ですにゃ。
 このバトンにはおあつらえ向きですにゃね。

 【いつからこのサイトを始めましたか?】

 2005年1月11日ですにゃ。
――て、気がついたら二周年でしたにゃ。

 【サイトのジャンルや属性について割と詳しく説明してください】

 「どんなレートにも引っ掛からずに管理人がやりたいネタを
 とことん追求する読み物を発表する場」ですにゃんにゃん。

 【訪問者様に是非行くべきだ!!と貴方がオススメできる
  サイト様を5つ必ず書いて下さい】


 ・「Marina Bychkova's Enchanted Doll」

 自作の“人形”を展示されてますにゃ。
 トップ右下の「Galleries」から入っておススメは
「Porcelain Dolls」ですにゃ。生きてるような存在感、
豪華な衣装にアクセ……まさしく一見の価値のある作品
ばかりですにゃよ。

 中でも、最新作の「Princess Swan」は『“力”の扉』
ヒロインの“マヤ”の顔イメージにバチコーン!と来て
びっくりしたにゃー!(髪と瞳の色は違えど、そこは
脳内変換ですにゃ)

 →http://www.enchanteddoll.com/index.html

 ・「怖いYou Tube」

 あの「ようつべ」から怖い雰囲気の映像をピックアップ
して紹介してくれるブログですにゃ。

 ブログ氏のセンスが良いため、「怖い」といいつつも
悪趣味は無く、シュールかつビターテイストな映像をいろいろと
鑑賞することができますにゃよ。

 あと、アニメ(セルアニメではないにゃ)が多い点も
我輩は特に気に入っておりますにゃ。

 →http://youtubejapan.blog72.fc2.com/

 ・「とかぴー.exe」

 「ようつべ」に上がってるようなフラッシュヴィデオファイル
(拡張子に.flvが付くファイル)をパソコン上で再生する際に
必要なソフトを自作・配布されてますにゃ。

 「FLVP」というこの再生ソフト、ものすご〜く使い勝手が
良くて、これがフリーソフトとはありがたさににゃみだ(涙)が
出そうなほどですにゃ。強く強くプッシュいたしますにゃよ!

 →http://s470.web.fc2.com/index.html

 ・「糞ボルト落描道場」

 いわゆる「お絵かき板」にゃのですが、集う絵描きさん方の
レベルがシャレになんないぐらい高い場所ですにゃん。いつも
楽しませていただいてますにゃ。

 お題はロボ・メカ・ヒーローが主。リアルにカッコ良い絵
のみにゃらず、ひねりの効いたネタ絵が特に常連から高評価を
得るようですにゃ。

 →http://fun-bolt.sakura.ne.jp/rakugaki/bbsnote.cgi

 ・「カルドセプト友愛協会」

 略して「CRA」、攻略系セプターさんならよくご存知の
サイトさんですにゃ。

 えー、ここのだけのハナシにゃのですが我輩、こちらの
管理人さんの大の“ファン”なのですにゃ(照)。
 「強さを追求した結果がネタ」なブックや周到かつ強気の
プレイング等、もちろん尊敬おこたりにゃいのですが、何と
言うてもご考案の各ブックのネーミングがスバラしすぎますにゃ。

 バンシー主体ブックに「流れよ我が涙」とか、先のAI大会でも
「ウリアッ上」とかもうこのセンス、しびれっぱなしですにゃ。
全国○万人のセプター中でも五馬身差ぶっちぎりでトップだと
我輩は思いますにゃあ。

 ――あ、でもこんな話を“あちら”でふるのはご勘弁ですにゃよ。
秘すれば花、ですにゃ。

 →http://www2.snowman.ne.jp/~boilers/culdcept/index.html

【貴方のお知り合いの管理人様に繋げるだけ繋いで下さい。】

 え・えーと……困ったにゃ。お知り合いは今みなさんお忙し
そうなのだにゃ。
 「やってみたい!」の方、よろしくお願いいたします、にゃ。

 もちろん、【猫バトン】もやってみたい方はどうぞ〜、
にゃのですにゃんにゃん。


 (はー、これ書いてる途中で一度うっかり消してしもて、
  倒れそうになったもんだにゃ〜〜〜ヘロヘロヘロ)

ある姫さまのお話:最終話(妄想特別編)

 
  「ある姫さまのお話」(最終話)

  ―― エピローグ ―― “未だ始まっていない物語”




 ――パタン。

 読み終えた本を閉じると、少女はそれを机の上に放り
出して片肘(ひじ)を立て、頬杖をついた。

 「何だい、どうもえらく不景気な顔したもんだね」

 男が声を掛けた。机のはす向かいに座っている彼は、
しかし彼女の顔はほんの一瞬見やっただけで、そのまま
抱えたリュート(:マンドリンに似た弦楽器)の弦を一本
弾(はじ)き、ポローン……響く音に耳を傾けた。

 「ちょい、“キツい”な」

 ヘッド(:棹の先端。リュートでは後ろに折れ曲る)にある
ペグ(弦を留めるネジ)を心持ちゆるめる。

 少女のとび色の瞳は、男の手の動きをじっと追っていた。
頬杖をついたまま、目だけが彼を見ている。彼女の眉間には
小さなシワができていた。

 リュートの男の歳は、得体が知れなかった。十四・五の
少女の父とも、また兄とも見定め難い微妙な雰囲気だ。
それほど若くはないようだが、やや茶色味がかった金髪と
深い青の目とが、その風貌をどこかしら優雅に見せている。

 ポロローン……

 男の指が、先ほどの隣の弦を弾いた。今度は満足できる
音だったらしく、軽くうなずく。

 「ちら」と彼はまた机の向こうを見、そして投げ出された
本を見た。

 「ほかの妓(こ)達はさ、その本読むと『悲しいけど
 いいお話ね』とか『姫さまのお気持ち、わかるわ』とか
 言っちゃ泣き出すもんなんだけどなぁ」

 「――気持ち悪い」

 相変わらず頬杖をついたまま、少女は吐き捨てるように
言った。空いた方の手は、腰に届くほど長い栗色の髪を
いじっている。ゆるやかに波打つ巻き毛の中を、盛んに
指でかき回す。

 「おやぁ?」

 男が顔を上げた。青い目にかすかな笑みを含んで。

 「こんな“恋”なんて、自分の見たいものしか見ない人が
 するの。
  相手のことなんてぜんぜん見てない、自分の鏡に映った
 自分の欲だけ見てうっとりする人がするものなの――
 ホントに気持ち悪いったらありゃしない。

  このお姫さまだって、きっとダマされたんだよ、竜に。
 それなのに子どもまで生んじゃって、バカみたい」

 形の良い唇からトゲトゲしい言葉が次から次に飛び出した。
とび色の瞳も嫌悪に満ちて、今は虚空をにらみ据えている。

 「そんなウソにすがって一人で盛り上がってるなんて、
 あんまりにも浅はかでバカっぽくて信じらんないって感じ」

 「あい変らずキツいなぁ、マヤちゃんは」

 男は苦笑いし、リュートを抱え直した。

 「そりゃまぁ、人の世ってのはウソだの思い込みだので
 大半できあがってるもンだけどさ、でもそこまで言うに
 しちゃあ、お前さんの顔はずいぶんと“羨ましそう”に
 見えるんだけど……これはおいらの気のせいかねぇ?」

 少女の頬杖がサッとはずされた。キリリと首を回し、
白いような眼線が男に向かい発射された。

 「それ、どういう意味?」

 硬い声とともに相手を突き刺そうとしたのだが、彼は
軽く微笑した。

 「どうもこうも、お話の姫さんが確かに恋をしたんじゃ
 ないかって、お前さんが思ってるみたいだなって意味だよ」

 「止めてよ、怒るよ、ハンス」

 眉を険しく逆立て、少女は大きく眼を見開いた。

 「私はね、ウソになんて興味ないの、だから恋になんて
 すがるつもりもないの。

  どうせウソでできた街で生まれてウソを食べて生きてる
 って思われてるんだから……だったら思いっきり見てやる、
 自分のことも他人のことも、スミからスミまでよっく見て
 全部暴き立ててやるんだから、恋にうつつ抜かしてうっとり
 鏡見てるヒマなんてないんだから!」

 「マヤちゃんや……」

 少女の激昂を前にしても男の声はあくまで落ち着き払い、
物腰はおだやかだった――楽器を抱く手つきそのままに。

 「さっきお前さんが言ったことは当たってる。そうさ、
 ホントは恋は才能なんだ、愛することとは違って。

  “見る”ことが全てなんだよな。――で、お姫さんは
 何を“見てた”んだと思う?」

 「…………」

 淡い桜桃色の唇はつぐみ、黙り込んだ。

 「心配しなくても、お前さんには“才能”がある、いつか
 ちゃんと“ぶつかる”よ、たとえイヤでもね」

 青い目の片方が閉じ、すぐに開いた。

 「知らない……」

 急に萎えしぼんだように少女の声は小さくなり、彼女の手は
今度はイスの上で自らのヒザを抱きかかえにかかった。

 さきほどまでの怒りの勢いは消え失せて、首うなだれしょげ
かえって見える。

 「“いつか”っていつよ、知らない、ハンスなんて嫌い……」

 弱々しくつぶやいた。


 そんな少女の様子をしばらく見守っていた男だったが、
やがて彼は右の手を伸ばしてリュートの弦にかけ、掻き
鳴らした。

 ジャン、ジャ・ジャ・ジャン、ジャン、ボロン……

 低く粘りある響きが床の上を這い、足元にまとわりつく。
ひそひそとわだかまり鈍く流れよどむ水の気配――と、

 ジャーン、ポロロ〜ン、ヴィ〜ン……

 突如、澄んだ強い旋律が立ち上がった。気高くも激しさを
秘めて歌い、鳴る。すっくと背すじを立てた貴婦人の眼差し
にも似た。

 「それ……新しい曲だ……やっぱり母さんのための?」

 抱えたヒザに頬をつけ、少女が聞くともなくまたつぶやく。

 「“蓮(ロータス)”。泥に根ざし天を見返して咲く者のために」

 男は答え、さらに高く強く掻き鳴らした。



 少女は聞いていた、黙ったままで。部屋中に反響する
リュートの音色に揉まれながら。

 彼女の眼が、机の上に投げ出した本を捕らえた。

 赤の布張りの表紙に、浮き出しになった文様が見える。
うずくまる竜と、手を差し伸べる貴婦人の影ぼうし。

 その下に、一行。

 ――『恋なき生こそ幻なり』――



 少女の手が本を引き寄せ、再び表紙を開いてページを繰った。



                    ―― 了 ――


ある姫さまのお話:7(妄想特別編)


   「ある姫さまのお話」(7)

 ――それから、どれほどの月日が流れましたのでしょうか。

 大陸の東の端に近いとある田舎道を、四頭立ての立派な
馬車が走っておりました。

 晩秋の、晴れた日の午後のことでした。

 人家に畑、林をいくつも通り過ぎて、馬車は人里
離れた山沿いの、小暗い森の方へと進んでまいります。
そうして森にたどりつきますと馬車は止まり、中から
お二人の従者に先導されて、上質な長いマントを羽織
られた、貴族風の方がおひとり降り立たれました。

 お歳の頃は四十半ば、整ったお顔立ちの、気品ある
男の方でございます。

 その方は、森の中へと向かわれました。木立の間の
細い道をたどられて、やがて一軒のこじんまりした家に
行き当たりました。

 従者に目配せなさってその場に控えさせますと、
ご自分のお手で家の戸を「コツコツ」と叩かれました。

 すると、戸を開けて現れましたのは中年の女でございます。
彼女は、突然の貴人の訪ないに驚きましたのか、大きく
目を見張りました。

 「そなたは妹の乳母……いや、その娘であるか、
 母御によく似ておることだ」

 貴人は微笑され、温かい、懐かしげなお声にて女に
問いかけられました。

 「そう仰るあなたさまは、もしや故国の王子さまにて
 ございますか?」

 女――乳母の娘はハッと居住まいを正しまして、
目の前のお相手のお顔をまじまじと見つめました。

 ……そう、確かにそのお方は彼女がお仕えする姫さま
の兄君、お三人いらっしゃる王子さまのうちの、一番
下の方でございます。
 長い年月のおかげで昔の紅顔のみずみずしさこそ
失われておりますが、端整でおやさしいお顔立ちは、
いくらかの皺を刻まれてかえって良い加減の重みを
加えられたようにお見受けされます。

 お客人の素性が知れますと、娘はその場にひざまずき
額を地に付けるばかりにひれ伏しました。

 「申し訳もございません、王子さま。姫さまはすでに……」

 「いや、もう全ては承知のことなのだ、顔を上げなさい。
  わたしが本日まかり越したのは妹の墓参りのため、
 大陸中を探し回り、ようやく場所が知れた。

  わたし達こそ、汝らには謝らねばならぬ。長いこと
 放り捨てておいて、本当に済まなかった――」

 そう仰いますとしゃがみこまれて片ひざをつかれ、
娘の手をお取りになります。

 「話はいろいろとあろうが、まずは墓に案内(あない)
 してはくれまいか」

 しばらく、お二方はどちらも言葉をお発しには
なりませんでした。ただ互いの目と目をじっと見交わし
まして、動揺と感慨に心をふるわせておられます。


 そのうちにようやく娘は立ち上がり、家の後ろ側を
指し示しながら申し上げました。

 「はい……お墓はこちらでございます。ご案内を
 いたしましょう」

 そうして、王子さまの先に立ちまして歩き始めました。


 行きます道は、細いけれども脇にずっと花の咲く草や
紅葉した低木が植え込まれ、よく手入れされた小径で
ございます。

 突き当たりの正面に白く細長い形があり、近づくと
それは、人の腰ほどの高さの石の墓標でありました。
墓所のやや左側に立つ丈高い春楡(エルム)の木がお墓の
上まで枝を伸ばし、ほどよい木陰を作っております。

 しるしの石の肌はよく磨きこまれ、やわらかな光に
包まれるようです。周囲にはさらに玉石が敷き詰められ、
こざっぱりと整えられておりました。墓守の日頃からの
心遣いがありありとうかがわれます。

 「おお……これが……」

 末の王子さまは白い墓標の前にひざまずかれ、お手を
合わせて祈りを捧げられました。さらに、お二人の後ろ
から付いてこられていた従者より花の束を受け取られ、
お墓の前に手向けられました。

 そしてあらためてもう一度、しみじみとお手を合わされ
お目も瞑(つむ)られました。


 言葉の無い時がしばらくの間、たたずんでおりました。


 長々と黙祷された後、王子さまはようやくお尋ねに
なりました。

 「妹が亡くなってから、どれぐらいになる」

 娘はお答えしました。

 「はい、もう二十二年がほどは。
  月日の経つのはまことに早うございまして」

 「そうか……ならば先代の王が身罷られてより二年で……
 若くして逝ってしまったのだな」

 「私どもの力が足りませず……」

 娘が涙ぐみますと、王子さまは立ち上がられ、彼女の
肩にお手を掛けられました。

 「いや、汝らを責めるつもりはない。むしろ、城を出て
 姫の位を捨てた妹に、今に至るまでよくぞ尽くしてくれたと
 感謝にたえぬほどだ。

  ――さぞかし、云うに云われぬ苦労をたんとしたもの
 であろう」

 王子さまのねぎらいのお言葉は、娘の耳に温かく染み入り
ました。ありがたさに涙が堰もあえずあふれ出しまして、
彼女は唇を噛み締めながら嗚咽いたしました。

 その背を、やさしいお手がそっと静かに撫でてくださる
のでした。


 またしばらくの時がたちまして、ようやく落ち着きを
取り戻しますと、娘は王子さまにお聞きいたしました。

 「先に“ようやく”と仰いましたが、なぜ今日になって
  突然お出でになられたのですか?」

 「そのことだ、話せば長くなるのだが……」

 王子さまは、遠く北の地を臨まれました。

 「この夏、わが国の領土は全域でひどい旱魃に見舞われた。
 数週間にわたって一滴の雨も降らず、五本ある川のいずれ
 もが干上がって、作物も家畜も全滅寸前まで追い込まれた。

  その上、わが国の窮状を見越してかまたぞろ、西の国
 の動きが不穏ともなり……我らはまことに日夜命がけの
 交渉ごとを周辺諸国と続けておった。

  しかし、今年に限って国交のある国はどこも天候が
 不順でな、とてものことに他国に援助を回せるような
 力がない。
  そうこうするうちにも、西では着々と兵力を蓄えつつ
 あると間者より情報が入る。こちらも戦争の準備を
 するか、それとも、攻め込まれた時には城を明け渡して
 領民の命乞いをするのか――ひっそりとそんな協議を
 明け暮れしておったわ。


  さするうち、ある夜突如として干上がっていた川の
 一本に水が満ちた。雨も降らぬのに、だ。
  驚いておると、届け出る者がおった。川に水が満ちた
 現場を見たというのだ。

  何でもそれは、左の眼に眼帯を付けた若い術者の
 しわざだったそうな。我らは急ぎ他の川沿いに見張りを
 立ててその術者を探した。すると、ほどなくそれらしき
 青年が見つかった。
  その者は、見張りの目の前で川底から大量の水を噴出
 させたのだ。川はみるみるうちに満々と水をたたえた。

  こうして、術者が一日一本ずつ川を復活させてくれた
 おかげで、わが国は危機を脱することができた。


  そこで兄王は術者を城に招いた。丁重に礼を言って
 褒美を与えようとしたのだ。やってきたのは黒髪の、
 肌の色も浅黒い、大層鋭い目をした若者だった。そして、
 その左眼は確かに眼帯に隠されておった。

  兄王が礼を言い褒美を取らせようとすると、若者は
 いきなり眼帯をむしりとった。その下の眼は……汝はすでに
 気づいておろうな、金赤の色をして瞳孔が縦に裂けた、
 “竜の眼”じゃった。若者は続けてこう言ったものだ。

  ――我は母の縁(えにし)に拠りてその故国の窮状を
  見過ごすを得ず、かく力をお貸し申した。
   褒美のお気持ちあらば是非にも我が母の墓にぞ参り
  たまえ、ただしその場所はお教え申さず、天下をくまなく
  尋ね歩いてお探しあれ――

  そう叫んだかと思うと不思議や、たちまち手より光を
 発して金色の飛竜を呼び出だし、乗じて空に飛び去って
 行ってしまったのだ」

 「それは……そのお方は……」

  娘は両の手で口を覆い、立ちすくみました。

 「姫さまのお子さまでございます、黒竜のお方との間に
 もうけられました。
  黒きお髪(ぐし)、左に金赤の竜の眼、間違いありませぬ」

 「そうだ……」

 王子さまは再び、お墓の上にお目を戻されました。

 「“竜の眼”が明らかとなった時、彼の素性は知れた。
 我らはそれからずっと、大陸をすみからすみまで探した
 のだ。その間に、妹の足跡もまたぽつりぽつりとだが得る
 ことができた。

  子が生まれたのは、城を出て一年もたたない間だったのだな」

 「はい……姫さまのお話では、お子さまは黒竜のお方を彷彿と
 させるとのことで……御身お二つになられました時には、
 それはそれはお喜びに。
  “左の竜の眼こそが愛しい”――よく仰せでございました」

 娘の目に、また涙がにじんでまいりました。それでも彼女は、
気丈にそれを拭い去ってさらに申し上げます。

 「お子さまが竜の血を引いておられるお印は、暮らしの上に
 は数々の難題をもたらしました。
  私どもに安住の地はありませず、流れ歩くことを余儀なく
 されました――けれど姫さまは一度も、本当にただの一度たり
 とも愚痴・弱音のたぐいを仰せになったことはございません。

  いつでもお子さまを慈しまれ、微笑みを絶やさずにお過ごし
 でございました。
  お子さまが五歳の時についに病を得られ、日に日にお弱りに
 なってゆかれる間さえも……まさにご最期の瞬間まで、慈愛深く
 気品高い母であられました」

 「そうか、さようであったか……」

 王子さまは目を細められてお応えになりました。その端に、
光るものがございます。

 「我らが先代の父王より妹の仕儀を聞かされた折には、
 わたしもごく若くてな、“何と愚かなことを仕出かして
 くれたものよ”と、苦々しい気分しか思わなんだ。

  だが……こうして歳を取ってくると、己れが国のため、
 王家のためと押し殺し押しつぶしてきた様々な思いのたけ
 が省みられてならぬ。
  わたしが王子として生まれたことはただの偶然にすぎない。
 だがその役割になり切ることで――数多くの無二の思いを
 切り捨てることで、わたしは王子としてあり続けてきた。

  我が妹の如く、自らの無二の思いを守って生きることは
 わたしにはできなんだ。

  父王は身罷られるまで、ついに一度も妹のことは口に
 なさらなかったが……妹の部屋はあれが出て行ったままに
 封じられ、あれからなんびとも手を触れてはおらぬ。

  親父どののご気性を最もよく受け継いだのは、我が妹で
 あったのだな。
  たまさかに兄弟がうち揃いて酒など酌み交わす折には、
 三人ともにその話で涙をあらたにするものだ。

  妹のことは、表向きは急死したことになってしまって
 おる……王家の対面を守るために、な。南に嫁いだ上の妹と
 でさえ、我らは悲しみを共にすることができぬ……。

  貴顕の身とは、体裁ばかり取り繕って肝心要(かなめ)な
 時に不自由なものだ」

 さわさわさわ……秋の風にエルムの枝葉が騒ぎます。
白いお墓の上に落ちる木漏れ日も、ちらちらと揺れて光を
細かに散らしております。

 王子さまは石の肌をそっと撫でられました。

 「お子さまのことなのでございますが……」

 娘もまた、お墓の上に目を落としながら申し上げました。

 「亡くなられる間際、御自らのおはからいにてある術師さまに
 おあずけなされたのです。

  姫さまのご容態がだいぶお悪くなられ、私どもが道の
 端にて行き悩んでおりましたところを、お助けくださった
 方がおられました。

  ご老体の、旅の術師さまでございます。御歳はその時で
 六十前後と見えましたがとても情に厚いお人柄で、私どもを
 近くの存じよりの村へと伴ってくださいました。
  姫さまのことも、お薬をお作りくださるなど何くれとなく
 お力になってくださいまして……おかげさまで、やすらかな
 ご最期の時をお送りすることができました。

  姫さまは、今わの際にお子さまをその術師さまに託された
 のでございます。『一人前の術師となれましょうか?』と
 お尋ねになり、『竜の御子であれば造作もなきこと』との
 術師さまのお返事を得られて深い安堵のお顔をなされました。

  そうして、私ども母娘には『ここまで付いてきてくださった
 ことに感謝しております』と、もったいないお言葉を……」

 娘の目はまた、涙に暮れました。王子さまがおやさしく後を
続けられました。

 「妹はわが子を術師どのに託し、将来を切り開かせると共に
 汝らをも“務め”から解き放とうとしたのだな」

 「はい……はい……そのお気持ちが何とも心に迫りまして……。
  でも実を申しますと、姫さまの御身は、母と私にとりまし
 ては恐れ多きことながら、この世に生を受けずして流れて
 しまいました私の妹の生まれ変わりと思われておりました。
 ですから流れ歩く辛さや苦しみも、さして響くものではござい
 ませんでした。

  姫さまとお子さま、母と私の四人で過ごしました月日は、
 何にも代え難い幸せの月日でございました。だからこそ、
 母と私とはこの地にとどまり、お墓の御守りをすると決め
 たのでございます」

 「そうか、そうか……そして脇にあるその石が、汝の母の
 墓であるのだな」

 「はい、五年前に亡くなりました。今は姫さまと共に
 安らかに眠っております、ありがたいことでございます」

 白いお墓の傍ら、ややエルムの木寄りの場所に、姫さまの
お石よりふた回りほど小さな灰色の墓石がございます。
 王子さまはその石にも花を手向けられました。

 「ここに参るまでは、できれば墓をわが国に移したいと
 考えておったのだが……ここは静かで良い場所だな、
 亡き者たちの眠りを驚かしては罪つくりでもある。

  せめて、墓土のひとすくいなりと持ち帰るに留め
 おくとしよう」

 つぶやかれるように仰せになりました。娘は深く頭を
下げました。

 「お気遣い、痛み入ります。
  こちらには年に二度、姫さまのお誕生の日と命日に
 必ずお子さまがお参りに来られますので……やはり
 このまま静かにお過ごしになられるほうが、姫さまの
 お気持ちにも適うかと存じます」


 ―――――――――――――――――


 末の王子さまがお国にお戻りになられまして、ひと月、
ふた月と経ちました。

 いつしか――ご城下を流れ歩く吟遊詩人たちが、ある
新しい物語を衆生に語り聞かせるようになりました。

 それこそは、竜の男と愛し合われた貴い姫君のお話です。

 「この無二の想い、恋なき生こそ幻なれば三千の齢も
  一夜に如かず……」

 伸びやかにも切なく、唄の声は家の戸に、窓に、人の
耳に響いては胸底深く沁み入ります。

 世が移り、国が栄枯するとも人の心は変わることがありません。

 “姫さまの物語”こそはこれからも「永遠」でございましょう。


               ―― 終わり ――


【“ある姫さまのお話:7(妄想特別編)”の続きを読む】

カルドのストーリーに“足りない”もの

 今日は創作はちょと休憩です。


 ビデオゲームの“面白さ”は何処にあるのだろう?

 ――私は、それは畢竟「ボタンを押す」ことに
尽きていると思う。

 ボタン(含むカーソル操作)を押し、決定することで
ゲーム内世界の「何か」が「変わる」。

 敵を倒して消す、トラップを解く、舞台の構造が変わる、
NPCのセリフや行動が変わる……etc。

 その「変化」がプレイヤーにとり望ましいもので
あった時、「喜び」や「満足」が訪れる。

 プレイヤー自身が「世界に関わり、変化させ得る」こと。
それがボタンを押す行為の期待値であり、先の面に進む
ための燃料とも言えるだろう。


 ――と考えた時に、さて、

 『カルド』ではボタンを押して「何が変わる」のだろう?

 確かに、勝利して次のマップに進めば手持ちのカードは
増え、新しいマップが出現する。

 でも、それ自体は決して「世界の変化」ではない。

 どれほどストーリーを進めてみても、『カルド』では
あらかじめ仕組まれた「自動的な変化」しか起こらない。
レオが目覚め、セレナは追いかけてくる。が、それは単に
私が “進んだ”からであって彼らを“変えた”わけではないのだ。

 ゲーム『カルド』において、「変化」はあくまでプレイする
「自分の内部」においてしか起こらない。カードを増やし、
ブックの組み方を憶え、戦術・戦略を考えるようになる。

 ……が、その「変化」は「ゲーム内世界を変える」こととは
ほぼ“関係ない”のだ。


 『カルド』は「ストーリー部分が弱い」と指摘され続けてきた。
その問題の中心は、実は上記の点にあるのではないか?

 ボタンを押しても「世界を変えられない」こと。
 世界を創る力を持つカードを操る人物となるのに、
実際のゲーム内ではプレイヤーは主体的に何一つ変える
ことができない――その矛盾と乖離。「足りない」のは
多分、そこだ。


 これからさらに『カルド』の新作が作られるのか否かは
わからない。だが、本気でストーリー性を持たせるつもりで
あるならば……その手段は「小説家の参加」だの「マルチ」
だのではないだろう。


 ――しばらく前、自分なりにゲーム『カルド』の
ストーリー内容を捏造してみた時に得た、これは「仮説」です。


ある姫さまのお話:6(妄想特別編)

   「ある姫さまのお話」(6)

 やがて父王さまのお部屋に着きますと、さすがに控えて
いた近侍が姫さまをお止め申し上げました。

 「どうなさいました、姫さま。国王さまはお休みになら
 れたばかりでございます、また明日、あらためてお出でに
 なってください」

 けれど姫さまはお静かに、くっきりと眼差しを上げられて
近侍に向かわれました。

 「どうしても今すぐ、お父さまに申し上げねばならない
 ことがあります。ご無礼は承知の上、お叱りも覚悟で
 参りました、どうか取次ぎをお願いします」

 近侍は灯火を差しかざしてしばらく姫さまのお顔を眺めて
おりましたが――やがて頭を下げ、申し上げました。

 「わかりました、お伝えしてみましょう」


 そうして一度お部屋の内に下がりまして後、再び現れました。

 「国王さまは“苦しからず”と仰せです、どうぞ」

 姫さまはお付きの二人をご覧になり、

 「あなたがたはここで待っていてください。わたくし
 ひとりで参ります」

 そのように言われますと、お背を伸ばしたドレスの
お姿はドアの向こうに消えました。



 国王さま……お父上は、ガウンを羽織られてご自分の
お椅子にお座りになって待っておられました。

 その御眼には、常とは違う鋭い光がございます。それでも
姫さまは、御前へと真っ直ぐに進み出られました。

 「姫よ、“言いたきこと”とは昼間の儀の返答か、
 そなたも何かしら覚悟があるならば存分に申してみよ」

 重い声音で問い詰めるように仰います。が、姫さまも
お父上のお顔をひたと見つめ返されました。

 「相すみませんが、お人払いを願います」

 そのお言葉はすぐに容れられ、お部屋から他の者は
ことごとく下げられました。

 父と娘、お二人だけになりますといよいよ姫さまは申し
上げました。

 「お父さま、公爵さまのご嫡男との婚儀の件は、まことに
 申し訳ありませんがお受けいたしかねます。わたくしは
 どなたとも結婚はいたしません。

  といいますのも、わたくしにはすでに、二世を契った
 夫がおりますからでございます」

 はっきりしたお声で真実を申し上げられました。もちろん、
国王さまは大いに驚かれました。

 「何と……“夫”とな!そなたには想い人がおったのか、
 それはどこの誰なのじゃ、言うてみよ」

 性急にさらに問われます。姫さまは順を追ってお話申し
上げました――忘れもしないあの夜、黒ずくめの立派な男が
訪れましたこと、たちまちその男と心を交わしあう御仲と
なられたこと、その男は実は黒竜であり、今はもう命果てて
いること……さらに、姫さまの御身は男との間のお子を
身ごもられていることまで。


 全てすっかりとお話されました。国王さまは御身を乗り
出されて聞いておいででしたが、お話が済みますとがっくり
とお椅子の背に寄りかかられ、お眼を閉じられました。

 そして、片手のひらにてお眼を覆われました。

 「何たる……何ということ……我が娘が竜の子をとな……
 それはまことか、正真正銘にまことのことなのか……?」

 「まことでございます」

 お父上の驚きととまどいのご様子を目の当たりにされながら、
しかし姫さまは落ち着いたご返答をされるのでした。

 「二ヶ月前、わたくしが倒れました日のお城の中庭は、
 旋風が吹き荒れたような有様でございましたはず。それは
 あの方があそこにて黒竜のお姿を現されたからです。
  また、あれ以来中庭の土には、ほんのわずかですが金の
 砂が混じっております。あの方の鱗より飛び散った証しの品、
 お疑いでしたらとくとお確かめくださいませ」

 強い調子のお声で言い切られ、姫さまは放心されておられる
お父上に深く深くお頭を下げられました。

 そうして腰を折られたままじっとたたずんでいらっしゃい
ましたが、そのお耳に聞こえてきたお声がありました。

 「そなたは……夢を見ておるのじゃ、悪い夢を。黒竜と
 やらに術をかけられたまま覚めずにおるのじゃ……そうに
 違いない」

 お父上でございます。お顔からお手をおろされ、国王さま
は姫さまを見つめておいででした。炯炯たる眼光は今は消え
果て、悄然と肩を落とされて、叶わぬ願いになお縋られるかの
ような哀願の表情を浮かべておられます。

 「夢なのだ、全ては。覚めればわかる、浮かされるは
 一時の迷い、道を誤ってはならぬ。そなたがわたしの
 知らぬ娘になってはならぬ」

 沈痛な、悲しいお声でした。お父上の悲嘆のお気持ちを
慮り、姫さまのお心も哀しみの思いでいっぱいになりました。
――それでも、なおも申し述べられました。ご自分の真実と
お感じになられる旨を、言葉という形で明らかにされました。

 「いえ、むしろわたくしには、あの方にお会いする前の
 全てこそが夢であったように思われてなりません。
  わたくしは今こそ、自らの足にて地の上を踏みしめて
 立っております。目に映るものも肌に触れるものも、
 ひとつひとつがいよいよ鮮やかにも奥深く、この身に
 近しく染み入ります。

  確かに、わたくしはもう以前のわたくしではございま
 せん。そしてこのように変わりましたことを、決して
 悔いてはおりません。

  お父さま、十六年間注ぎ続けてくださいました御慈愛の
 お心にはわたくし、深い感謝の念を抱いております。
 お父さまがおいでにならなければ、わたくしもまたこの世
 にはおりませず、あの方と出会うこともなかったので
 ございますから。

  ありがたいと、どれほど感謝申し上げましてもなお
 足りることのないのが親のご恩なのですね。
  それなのに――でもそれでいてわたくしは、お国の
 姫たる責を果たせない者とあい成ることで、この十六年の
 御慈しみに応えようとしております。

  わたくしは、このお城を出ます。姫でない者はただ
 一介の女でしかないのですから、お城で贅を凝らす
 暮らしを続けることは許されません。

  そうして、これから後はみずからが夫と決めた方の
 子どもを生み育てたく思います」

 申し上げられまして、姫さまはお父上に向けいま一度
丁重にお腰をかがめられ、頭を下げられました。


 国王さまは黙っておいででした。

 御眼を瞑られ、眉の間に深い皺をいくつも刻まれて
……一時に十も二十もお年を召されたかに見えるほど、
苦悩されておいででした。

 しばらく後、ようやくお声がかかりました。


 「去りなさい。

  わたしの末の娘は死んだ、竜に食われて死んだのだ。


  お前のことは知らぬ、
 疾くこの城より出でて去り、寄る辺無き身を天下に
 さすらわせるがよろしい」


 そのお言葉を聞かれて、姫さまはさらにもう一度
礼をなさってから静かに後ろを振り向かれました。

 そしてそのまま、お父上のお顔を見返られることなく
お部屋の外へとご退出なさいました。


 国王さまはその間ずっと、少しの乱れもなく歩まれる
ドレス姿のお背中を――扉の向こうに消え去ってなお
見送っておられたのでした。



 深更に至りまして、お城の門より地味な色のフード付き
マントをまとった女が三人、しずしずと歩み出ました。
 門番には、下働きの者が着る服をつけたこの女どもの
ひとりが末の姫さまであるとは、思いもよらないことで
ございました。ただ、国王さまの最も信任厚い近侍が付き
添ってこられ、

 「このお三人を通しなさい」

 そのように指示されましたので、いぶかしみながらも
そのままお通しいたしました。


 月の明るい晩ではありましたが、この時にはちょうど
雲が出ておりまして、立つ者の顔の表情などはとても
見分けがつかないほどに暗うございます。

 「されば、これにて」

 近侍が女たちに深い礼を捧げるのを見まして、門番も
慌てて頭を下げました。

 門戸を出られたおひとりが、いかにもしみじみとした
様子でお城を見上げられていた影を、この者は何かしら
忘れがたいものとして長く心に留めておりました。


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ある姫さまのお話:5(妄想特別編)

   「ある姫さまのお話」(5)

 その日、珍しく明るいうちに国王さまより姫さまへ
「お話しがあります、すぐにお出でなさい」とのご連絡が
ございました。

 (国王さまは大変お忙しいお身体であり、いつもは
ご実子の姫さまであっても、朝のごあいさつの後は晩の
ご会食のお時間まで、親しくお会いする機会はほとんど
ありませんのでございます)

 「それが、姫さま、使いの者はご用件については
 “お会いになられてからのお楽しみですよ”としか
 申されませんで……」

 国王さま直々の「お話し」ということで、乳母の心中は
そこはかとなく騒いでおりました。けれど姫さまは、

 「何か変わったものでもお手に入れられたのでしょう。
 お父さまがこうしてわたくしをお呼びになられる時は、
 異国の生き物や素晴らしい細工物を見せていただける
 ことが多うございますから」

 そう仰せになって、少しもご心配はなさいません。
お約束のお時間が来ますとさっそく、従者と共にお父上の
いらっしゃるお城の別棟に向かわれました。

 (もちろん、乳母とその娘は一行の中に入っております)

 お部屋にまかり出でますと、国王さまはたいそう上機嫌の
ご様子でいらっしゃいました。

 「おお、姫よ、待ちかねたぞ。実はの、話というのは
 他でもない、先月帰国した公爵家の嫡男のことなのだが……」

 そのお方とは、国王さまのお従兄弟であらせられる
公爵さまのご長子さまのことでございます。
 姫さまより八つのご年長の方で、王家の血筋に近いこと
から、王子さま・姫さま方とはご幼少のみぎりよりのお顔
見知りでもあります。

 ここ五年がほどは、南や東の国に赴かれて貴顕の方々との
ご交際やお勉強に励んでこられたそうですが、先の月の末に
ようやくお国に戻られました。その折には、お城にもごあい
さつにお見えになっておれらます。
 お背高く恰幅もたいへんご立派で、馬術・剣術はもちろん
ご政道や外国語にも明るい文武両道の好男子と、ご城中のみ
ならずご城下でも、ひとかたならぬお噂の的でございます。

 「本日、公爵どのより正式にそなたをご長子に娶(めあ)わせ
 たいとの申し出があった。

  公爵家であれば、家柄も釣り合いが取れる。それに
 あの男は若いがなかなかの出来物じゃ、いずれそなたの
 兄たちと共に国の固めとなろう。
  しかも領地はわが国とは隣り合わせ、そなたは
 いつでも好きな時に里帰りすることができるぞ。

  上の姫を遠くに手放してしもうて、わたしもさすがに
 寂しゅうてな、せめてそなたは手近に置いておきたいのだよ。
 どうじゃな、姫。これはそなたにとっても良い話と思うのだが」

 国王さまはしごくにこやかなお顔で語られ、姫さまの
お返事をおうかがいになられました。
 けれど……実はこのようなご婚儀のお話に、姫さま方が
「否や」を言われることは難しいのでございます。このお国
でもそうした先例はほとんどございません。

 王族や貴族の方々の正式なご結婚は全て、お家(いえ)の
ご当主さま同士の取り決めにて進められます。ご本人方は、
たとえご不満があろうと口にお出しになることはありません。
 ――そうしてお家の格に合ったご結婚をなさった後、必要
とあらばお互いに愛人をお持ちになる、それがこの世間での
暗黙裡の習いなのでございます。


 姫さまはその場に立たれたまま、押し黙ってしまわれました。

 「どうした、上の姫のようにいずれ“后”と呼ばれる立場の
 方が良いのか?しかしあれはあれで気苦労が多いものだぞ、
 公爵夫人であればその点はずっと風通しがよい、そなたに
 向いておると思うのだがな」

 なかなかお返事をなさらない姫さまに、国王さまは重ねて
お尋ねになりました。すると、

 「あの……お父さま、あまりに突然のお話でわたくし……」

 うっすらと曇ったお顔を伏せられて、言いよどまれます。
そのご様子を、お父上は「恥じらい」とお取りになったようでした。

 「なに、“まだ早い”と申すか、たしかにそなたの歳は十六、
 朝露のこるほころびかけた蕾じゃからな。しかし、の――」

 国王さまは慈しみにあふれたほほ笑みを浮かべられて、
愛娘をご覧になりました。

 「見ての通りわたしも五十の坂を越えて、そろそろ六十に
 届く身じゃ、いつまでもそなたの元気な父ではおられぬ。
  だからこそ、この目の光あるうちに愛しいそなたを確かな
 腕に渡して安堵したいのだよ。花がいつまでも健やかに咲き
 誇ることができるように、とな」

 そう仰せになるお顔はまことにもの優しくも温かく、万民
の上に立つ政の場での、厳然とご裁量を下されるお顔とは
遠くかけ離れていらっしゃいます。
 娘ごの幸せを願うお心持ちと合わせ、世にある他の父なる
方々と何らお変わりになるところはございません。

 けれど、お父上のそうしたお優しさに触れてしまわれると、
姫さまはかえってお胸の痛みをお感じにならずにはおられま
せんでした。

 ここで真実を申し上げてしまえば、国王さまは大層な驚きと
お悲しみと……お怒りをお感じになるでしょう。十六年の慈しみ
の日々にそのような仕打ちで応えるのは、あまりに忍びない
ことです。

 それでも、やがて姫さまはお顔をお上げになると苦しげな
お声でお答えになりました。

 「お父さま、申しわけもございません……わたくし、何やら
 めまいがいたしまして……このお答えは後ほど、必ず」

 眉根をかすかに寄せられて申し上げる愛娘に、国王さまは
いとどご心配をつのらせられました。

 「おお、そうか、確かに顔色もよろしくないようであるな。
 よいよい、無理はせずともよい、先方もそれほど急いては
 おらぬ話なれば、またそなたの気分の良い時にでも聞こう。

  とりあえず、今日のところは下がって休みなさい」

  そのように退室をお許しくださいましたので、姫さまは
お返事を申し上げないまま、ご自分のお部屋に戻られたの
でございました。



 そして、姫さまはその日一日ずっとお部屋にこもりきりと
なられました。お側から人払いをなさり、寝台の帳を下げて
お一人で考え込まれておいでです。
 ご夕食も「気分すぐれず」とお伝えになって、父上さま
兄上さま方とのご会食にはご出席なさいませんでした。

 「どうなさってしまわれたのでしょうか……?」

 お側付きの者どもはいずれも遠巻きにして見守るほかなく、
心配しきりでございます。けれど、乳母とその娘の二名だけ
は慌てることなく、じっと待っておりました。


 そうして、夜もだいぶ更けた頃おい、

 乳母ひとりが、姫さまのお側に呼ばれました。


 「国王さまへのご返答は、お決まりになりましたで
 しょうか?」

 そっと訪ねる彼女に、姫さまはお答えになりました。

 「はい、わたくし婚姻はいたしません。このお腹の子の
 ことも含め、全てをお父さまにお話しすることと決めました」

 お言葉をうかがって、乳母は大層驚きました。

 「姫さま、恐れながらそれには賛成できかねます。お子さま
 のことでしたら、ご健康を理由に時をお稼ぎになって、
 御身お二つになられて後に国王さまにお伝えになった方が」

 懸命に翻意をうながす声をお手を挙げてさえぎり、姫さま
はかぶりを振られました。

 「あなた方がわたくしのために骨を折ってくださっている
 ことは知っています、ありがたいと思っておりますの。
 でも……、

  今日お父さまのお話をうかがって、よくわかりました。
 王家の婚儀は、あくまでお国を安泰に導くものでなければ
 なりません。けれどわたくしは……わたくしにはもう、
 そのような責は果たせないのです。

  公爵家のご嫡男のことはよく存じあげております。
 子どもの頃から兄上さまたちとは良いお友達でしたから、
 わたくしも幼い時分には遊び相手のお仲間に入れていた
 だいたものですわ……さっぱりされたご気性の、冗談の
 お上手な楽しい方……。
  わたくしがあの方のことを、黒竜の方のことを全て忘れて
 しまうことができさえすれば、きっとこの度のお申し出も
 喜びをもってお受けすることができたでしょう。

  ――でも、できないのです。どうしても忘れられない、
 いえ、忘れたくないのです、わたくしは。お父さまの
 お気持ちも、お兄さま方のご信頼も、このお国の安泰も、
 全てを乗せてなお、わたくしの心の天秤(てんびん)は
 あの方への恋しさをこそ指して重く深く沈みます。

  今持てるものをかなぐり捨てても、わたくしにとりまし
 てはあの方だけが夫。三千年の齢と引き換えにわたくしを
 望み欲してくださった黒竜のあの方だけが。そのお心に
 お応えするために、わたくしは操を守りたいと思います。


  わたくしはもはやお国の「姫」ではございません、王族と
 して果たすべき責を果たせないこのような女が、これ以上
 お城に留まってお父さまのお世話を受けることが許されま
 しょうか?
  ――夜半遅くではありますが、わたくし、これからお父さま
 の御前にうかがって全てをお話し申し上げ、その足でお城
 から出ようと思います」
 
  しっかりとお顔をお上げになった姫さまのお言葉は、
 終始お静かにも決然とされておりました。とび色の御眼
 に迷いなく、すっかりお覚悟をされたご様子です。
  乳母は自らの驚きを抑えました、そして主のご決断に
 従う旨を申し上げました。

 「承知いたしました。それでも姫さま、私はあなたさまの
 乳母でございます。これからも常に、いつでもあなた
 さまのお味方として付いて参ることをお許しくださいませ」

 彼女がうやうやしく頭を垂れますと、その手を清らかな
お手がそっと握りしめました。主従は二人ともに、しばらく
無言のままでおりました。



 ややあって、乳母はそっと我が娘を姫さまの御前に呼び
ました。そして手短にご決断の件を伝えますと、さっそく
国王さまのお部屋に向かう支度をはじめました。


 姫さまは、乳母とその娘だけを伴って暗いお城の中を
別棟に向かわれました。
 この時、乳母の娘は万が一の事態に備え、得意の細剣を
長スカートのふくらみの下に忍ばせておりました。


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ある姫さまのお話:4(妄想特別編)


   「ある姫さまのお話」(4)

 ――朝方になってようやくお嘆きの声がやまれた、と思いますと、
姫さまは次には昏々とお眠りになってしまわれました。

 寝台の上に横たえられましたまま、いくら経ちましても御眼を
覚まされるご様子が見えません。誰がどのようにお声を掛けようと、
またもったいなくもお身体を揺すぶって差し上げてましても、白い
まぶたも長い睫毛もぴくりとも動かされないのです。
 赤すぐりの唇を閉じられ、もの言わぬお人形のように深々と、
姫さまのお心は眠りの闇の奥に呑み込まれてしまったかのようでした。

 いったいどのようなご病気に罹られたのかと国王さま、王子さま
がたを始め、お付きの者どもも大いに気をお揉みしました。けれど
王家付きのご医師も、診察しては首を捻られるばかりでございます。

 「お身体には、これといって“異常”と言える症状は見当たり
 ませんのでございます。
  ただ、何事かに衝撃を受けられて、ご心痛のあまり正気を失わ
 れておられるともお見受けするのですが……」

 ご医師は乳母にだけ、そっと「お見立て」をお話しくださいました。

 「乳母どの、お心当たりはありませぬか?」

 「さて……?」

 乳母にも、全く思い当たるふしはございません。そうこうします
うち、姫さまがお倒れになって三日目の夜も、はや更けました。

 お側にお付き申し上げているのはこの時、乳母だけでした。
大切な姫さまの大事に彼女も心労の極みに達しておりまして、
ご様子を見ながらも、ついうとうとと船を漕ぎ出しておりました。

 ――ふと、

 「起きて……起きてくださいませんか?……わたくし、
 あなたにお話ししたいことがありますの……」

 細いお声が耳に入ったように感じて、乳母は目を開き、寝台の
上をおうかがいいたしました。

 「姫さま……!」

 そこには、半身を起こされた姫さまが、ややおやつれになった
ご様子ながらしっかりとお眼を開け、こちらを向いておられます。

 「シィ……お静かになさって、他の者たちにはまだ聞かれたく
 ありませんので……」

 細いお指を一本、可憐な唇にお当てになって、姫さまは
小さなお声で念を押されます。乳母はそっとうなずき、
寝台に静かにその身をお寄せいたしました。

 「わたくし、実は……」

 その晩、赤すぐりの唇から語られたお言葉の数々の、何と
多くの驚きと喜びと、そして哀しみに満ちておられたことか。
 姫さまは語られました、黒ずくめの男が初めて訪れた
夜のこと、そして彼と喜びの時を育まれた日々のことを。
……また、避けがたくも悲痛な「別れ」をご経験なさった
ことをも。

 乳母は最初のうちこそ、思いもかけぬ運命の転変に
怖じ恐れる心持ちでおりました(彼女がお守りするべき
姫さまの貞操に大いなる変化がもたらされたのですから、
当然のことです)。
 けれど、姫さまのお話をうかがい真剣なお顔をお見守り
しますうちに、次第に別の感慨がふつふつと、泉の水の
ように湧き出でてまいりました。

 「それでも、あの方にお会いできて良うございました……
 ほんのつかの間の逢瀬でしたが、わたくし初めて、確かに
 “生きている”気持ちを味わいましたの。

  生きているということ、どなたかをお慕いする心は、
 こうして胸が痛くなるほど素晴らしいことなのですね」

 今はしっかりとお眼を瞠(みは)られて、姫さまは
仰います。お顔の輪郭もひと回り引き締められたようで、
つい先日まで姉姫さまを恋しがられて泣いておられた
幼い面影は、もうどこにもうかがうことはできません。

 『姫さま……』

 辛いご経験をくぐられたとはいえ、めでたくご成長
あそばした姫さまのお気持ちを、乳母はとりあえず喜び
たいと思いました。

 ――けれどそのこととは別に、打ち捨ててはおかれない
難しい問題がございます。

 『御身の内の、もうひとつの鼓動』

 そうです、姫さまは今、かの男――黒竜の子どもを
身ごもっておられるのです。

 「夢うつつの中で、わたくしも確かに耳にいたしました。
 トクトクトク……小さいけれども頼もしい音、あの方が
 教えてくださった通りです。この音に励まされて、わたく
 しは目を開くことができました。

  生みとうございますの、わたくし、あの方のお子を。
 いえ、必ず生みます、お父さまにもきちんとお話しを
 いたしとうございます」

 お声も視線も強く保たれて、姫さまのご決意は固くて
いらっしゃいます。ですが、乳母の方では内心に冷たい
汗がしとど流れて止みません。

 『国王さまはきっと、お許しにはなりませんでしょう』

 王家の血すじに怪物の血が混じる、そのような仕儀を
喜ぶ王族がありましょうか。それは本来「あってはならぬ」
はずのことです。

 けれど……、

 姫さまのお気持ちは、この乳母にはよくよくわかって
差し上げられるものでございました。といいますのも、
彼女もまた夫に先立たれた妻だったからであります。

 16年前――国境守備隊の隊長として西方警備の任務に
就いていた乳母の夫は、当時王国といさかいの絶えなかった
西の国との紛争で命を落としました。
 彼女はその頃身重で、まだ幼いひとり娘と共に夫の帰り
を待っておりましたのですが、もたらされたのは非情な
戦死の報。
 この時、あまりの心痛のためか、彼女は悲しいことに
お腹の子どもまで流してしまいました。

 虚しくあふれ出る乳をやる児もないまま呆然としていた
彼女でしたが、しかし推挙する人のあって、ちょうどご誕生に
なられた末の姫さまの乳母として城内に入ることとなりました
のでございます。

 それだけに乳母は、愛する方のお子を産みたいと仰せに
なる姫さまのお望みを、自分の命に変えてでも叶えて差し
上げたいと思うのでした。
 けれど女の身の頼りなさ、今すぐは何の手立ても、ご用意
できることとてもありません。

 「姫さま、お気持ちは重々お察し申し上げます。けれど
 まだ……まだ国王さまにお話になるには時期が早うござい
 ます。もうしばらく、ご様子を見ておいおいにお話しに
 なる折をうかがうことにいたしましょう。

  それに、まずは姫さまのお身体が前のようなご健康を
 取り戻されなくては。お腹のお子さまのためにも、どうぞ
 今は速やかなご本復にお勉めなさってくださいませ」

 そのように申し上げてなんとか説き伏せまいらせ、そして
次の日、自室に自分の娘を呼び寄せました。
 彼女と、「これからどのようにすべきか?」を考えるためです。


 この娘という者、当年取って18歳、赤い髪とすらり伸びた
背がよく目立つ、利発な少女にてございます。
 父に似たのか武勇の道にも才を示し、女ながら体術も武術も
なかなかの腕前で、特にレイピア(刺突用の細い剣)を使わせれば
なまじの男にはひけを取りません。

 母親が末の姫さまの乳母になったことから、彼女もまた
子どもの頃より城中で育ち、物怖じしない活発な性質を誰
からも愛されてまいりました。今ではお城の内外で、貴顕の
方々のさまざまなご用事を取りさばいております。
 母である乳母にとりましては、公私に渡りこの上なく
頼もしい「仲間」でございます。

 娘が来ますと、二人はひっそり差し向かい、乳母は開口一番
まず問い正しました。

 「お前、もし国王さまと姫さまのどちらかにお味方すると
 したら、どちらの御方を選ぶのかえ?」

 娘は、母の言葉の“真意”を即座に悟り、きりりと眉をあげて
答えました。

 「私はいつだって、姫さまと母さまのお味方をいたします」

 母はホッと息をつき、このたびの姫さまの「秘密」と難しい
お立場について彼女に話して聞かせました。

 姫さまのお喜びとお悲しみのご経験、そして黒竜との間の
お子さまをお生みになりたいとのご決心……娘は時おり涙を
ぬぐいつつ、じっと聞き入っておりました。

 やがて話を終えると、母は娘に向かって厳かに言いました。

 「姫さまは国王さまにお子さまのことをお認めになって
 いただきたいとお考えです。けれど……これは大変難しい
 お話と言うほかはありません。
  国王さまは姫さまのことはお可愛がりになってはおられ
 ますが、政(まつりごと)の長として、王族の中心としての
 “けじめ”はおつけになられるお方、竜のお子をご一族に
 迎え入れることは決してなさらないでしょう」

 「そうですね、そのような先例もありませんし、悪くしますと
 国王さまのお怒りに触れてしまうかもしれません。

  母さま、ここはやはり王族のどなたもお気づきにならない
 うちに、姫さまお一人をどこか離れた場所にお移しまいらせる
 のがよろしいと思います。
  静養という名目でお国の南東にあります離宮で一年ほどを
 お過ごしになり、御身がお二つになられてからお帰りになる
 ――というのはいかがでしょうか」

 「良い考えです」

 娘の意見に、乳母はうなずきました。

 「南東の離宮ならば、こちらより幾分か風もおだやかですし、
 姫さまが御身二つになられるには調度よろしい場所ですね。

  お子さまはどこか他所にてお育て申し、姫さまとは時々
 お会いできるように取計らうことといたしましょう」

 こうして女二人は考えをまとめ、姫さまのご様子をうかがい
ながら少しずつ、密かなご出産に向けての準備を始めたので
ございました。


 さて、姫さまのご容態は日数とともに順々に快方に向かわれ、
お顔の色もだいぶよろしくなってまいりました。
 ほほにもほんのりした赤みと艶が戻られて、以前と変わらぬ
お可愛らしさでございます
 ただ――最近は静かに物思いにふけられるお時間が長くなり
ました。また、心なしか御日常の挙措動作にも、落ち着きが
増されたのではないか?と、お側仕えの者どもはお噂しております。

 「末の姫さまも大人びられ、王族としての貫禄が付かれました
ようですね」

 お城に出入りされます上流の貴族の方々のお目にも、姫さまの
何かが“変わられた”ことは認められているもようです。

 それでも、時おり夜の窓辺で中庭をうち眺められながら、
黙っていらっしゃるお胸の内は、乳母とその娘より他に
推し量ることのできる者はおりません。



 こうして二月ばかりは過ぎ、ことは順調に運ぶかと思われ
ました。――が、


 突然に、姫さまに“ご縁談”が持ち上がってしまいました。


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「カゼ休憩」です……


 このブログにおいでいただいております皆さまへ、


 ……申し訳ありません、ただ今またもカゼひきにて、
少々体調を崩しております。

 例の「続き」については、あとしばらくお待ちくださいませ。


ある姫さまのお話:3(妄想特別編)

   「ある姫さまのお話」 (3)

 ――こうして、姫さまには「秘密」ができました。

 乳母にも、気に入りの侍女にも決してお話しすることの出来ない、
心震わせる大切な「秘密」でございます。

 明けて次の夜も、黒ずくめの男は姫さまの元を訪ないました。
 先と同じように、不思議な香りが流れた……と思うとお付きの
者どもはことごとく深い眠りに落ち、かの男が御前に現れます。

 姫さまは今では、彼のことを少しも「怖い」とはお感じになりません。
差し出される腕に抱(いだ)かれ熱い接吻を受けられますと、むしろ
この上ない幸福と安らぎの思いに包まれます。

 『このまま永遠に時が止まってしまえばよろしいのに……』

 男の術はどうやら時間をもあやつるもののようで、逢瀬の間が
どれほど長引こうと夜が明けたためしはありません。時の狭間に
すべりこんでしまったかのように、あの香りが流れる限り、窓辺の
月さえしごくゆっくりと傾いてまいります。

 お二人を見つめるのは、姫さまのお首に下げられた白金の一角獣の
緑色の眼だけでした。男は、恋しいお方が自分のお持ちした品を身に
つけておられることがいたく嬉しい様子で、ほっそりと白いうなじに
光るお飾りをしばしば指の先でつまぐりました。

 それでも……喜びと睦みあいの時こそは疾く過ぎ去るものです。

 「今宵は、これで」

 男の腕がお身体を離れてしまいますと急に、姫さまのお心は
ふたがれて、雛鳥のようにたよりないお声をあげずにはおられません。

 「明日も……明日の夜もまたいらしてくださいますか、あなた」

 すると男の口元はかすかにほころび、うやうやしく礼を捧げて
その姿はいつしか闇にまぎれてゆくのでした。

 そうして、かの残り香が消え去った頃にようやく、眠っていた
者どもは次々と眼を覚まします。

 「姫さまは、またお先にお眠りあそばしたようですね」

 寝台の絹の夜具の中でそっと別離の悲しみに耐える姫さまの
お気持ちには気づかぬまま、燭台の灯を消して静かに下がって
ゆくのでありました。


 次の夜、次の次の夜、次の次の次の夜、さらにはその次の夜も
いずれも同じことの繰り返しでした。

 ――ついに、七日めの夜となりました。

 「ああ、あなた……」

 これまでのようにお部屋に現れた男の腕に御身を沈められた
姫さまは、けれど、ふと、常とは“違った”雰囲気をお感じに
なられました。

 「どうかなさいましたか?」

 そこはかとない不安がお胸の内にきざし、思わずいとしい
殿方のお顔を見上げられました。
 すると、男の眉根にはうっすらと寂しい影が差しております。

 「あなた……」

 ふるえる肩を、大きな厚い手がそっと押さえて姫さまのお身体
を胸元より離されました。

 「……私の大切な方よ、あなたさまにお話しせねばならない
 ことがあります。どうかお気持ちを強く持ってお聞きください。

  実は、今宵限りにて私はあなたさまとは二度とお会いできなく
 なります。明日の朝、最初の陽の光が空に投げかけられる時、
 私の命は失われてしまうからです」

 「――えっ!?」

 突然のお話に姫さまは大いに動揺され、呆然と立ちすくまれました。

 けれど、驚嘆事はそれだけでは済みませんでした。男の口からは
さらなる驚きの事実が次から次へと飛び出してきます。

 「私は人間ではありません、本性は北東の森に棲む三千年の齢を
 経た黒竜にございます。
  千年ほど前、かの森を従える岩山に魔界との通路を開き、
 以来斯界との間を人知れず行き通っておりました。

  我が竜族の間には『他種族と交わった者は命を断つ』との厳しい
 盟約があります。これを破りますと、あなたさまやお国にまで
 恐ろしい災いが及びます……魔界より竜族が大挙しておしよせ、
 “不義の竜種”を滅ぼさんとするからです。

  ですから、私は命を断って一族の盟約を果たさねばなりません。
 私の、私の心弱さのゆえにあなたさまへの思いを隠しおおせず、
 ついにはこたびのような仕儀にまで巻き込み、かえってお気持ちを
 悲しませる愚を犯してしまいました。
  幾重にお詫び申し上げましても足りるということはございません。
 ……せめても、我が亡骸を父王さまにお捧げ申して、この不心得の
 始末をつけさせていただく所存にございます」

 確かに、竜の持つ角や牙、鱗、そして心臓、肝臓などは人の世では
またとない「お宝」として珍重されております。なれど、なれど――

 「いけません、それはいけません、あなた、お止めくださいまし!」

 姫さまは大きくかぶりを振られ、男の胸にしがみつかれました。

 「あなたが人でなかったことが何でしょう、“不義”などではござい
 ません、わたくしの心はすでにあなただけを夫(つま)として思って
 おります、お慕いしております、湖よりも海よりも深くお慕い申し
 上げております。
  あなた……あなた……あなたのお身体を“捧げもの”と見るなど
 わたくしにはできません、耐えられません。どうしてもあなたの
 お命を断たねばならないと仰るのでのあれば、いっそわたくしも
 共に死にとうございます、いえ、死なせてくださいませ、あなた、
 お願い、一生のお願いでございます」

 それはまさに血を吐くような覚悟のお言葉でございました。男は
……男の姿をとった黒竜はやわらかなお身体を愛おしく抱きしめ、
しかして静かに、あやすように姫さまを諭されました。

 「あなたさまはそんなにも私を、この心弱い者を慕ってくださる
 のですね、何という幸せでしょう。
  されど、三千年の時を生きた私に比べ、あなたさまのお歳は
 あまりにお若い、まだこれからではございませんか。それに……
 私の耳は御身の内に、もうひとつの鼓動をも聞きつけております。

  どうぞ生きて、生きてくださいませ、姫さま。それが私の喜びに
 ございますれば。私に付き合おうというお言葉のみ、ありがたく
 頂戴してひそやかに旅路に向かいたく思います。
  私は魔界にて盟約を果たすことといたしましょう、私がいなく
 なれば岩山の通い路も自然と消えます。
  それでは姫さま――姫さま、愛しい方よ、お幸せに、どうか、
 どうか恙(つつが)なくもお幸せに。御守りできぬ者の無責任な言葉
 とは承知にございます、けれどそれより他の願いは何も思いつけません、
 どうぞお幸せにお過ごしくださいませ、姫さま」

 そう告げて、男は再び姫さまのお身体を離そうとしました。

 「待って、待ってくださいまし、あなた」

 叫ばれて、なおも姫さまは男に取りすがられました。

 「最後に、最後にあなたさまの本当のお姿を見とうございます。
 わたくしの夫、三千年の齢を経た竜のお姿を、妻としてせめて
 ひと目なりと。

  お見せくださいませ、あなた、お願いでございます」

 男の眼――赤みを帯びた黒い瞳孔が大きく広がり、涙を浮かべ
られるとび色の御眼をじっと見おろしました。
 姫さまはお気づきになられました、男の瞳には、愁いととまどいの
気配が波紋となって、ひたひたとさざめいております。

 「姫さま、人の目に竜の姿はただ恐ろしい者としか映りません。
 私はあなたさまを驚かせたくはない……いえ、恋しいあなたさまに
 最後になって恐れられたくないのでございます、平にご容赦を」

 しかし、姫さまのご決心は固いものでございました。白い御手を
伸べられて男のほほをなで、黒髪をさぐりつつ静かに言葉をお掛けに
なります。

 「この、人のお姿だけをあなたの真(まこと)とおっしゃいますか。
 それでは、わたくしをあざむいたことになりはしませんか。
  竜のお姿もまた真であるならば、どうぞ恐れることなく全てを
 お見せくださいませ。
  ――わたくし、すでに覚悟はできてございます」

 このお言葉を聞いて、男はしばらく凝然とたたずんでおりました。
喜び、期待、不安、恐れ……いくつもの情の流れが渦巻き、くねり、
複雑な綾をなして彼を翻弄いたします。

 それでも、しばしの後、男の指もまた姫さまのふっくりと丸い
ほほをさぐり、ふさふさと巻いた栗色のお髪を丁寧になでて差し上げ
ました。
 そして、申し上げました。

 「わかりました……ご覧になってください、御眼に焼きつけて
 ください、この私の本性の姿を!」

 きっぱりと言い放ち、彼はサッと身を翻すと窓から飛び降りました。

 「あっ!」

 姫さまはすぐさま駆け寄られ、御眼で男の影を追いました。
――と、彼の姿は今は金色の光を放って中庭へと落ちて行きます。

 「あなた!」

 “光”は中空にあるまま見る見るうちに大きく、渦を巻いて広がり
ました。まぶしい、太陽の輝きさえしのぐ強い光線が辺りを照らし
ます。それでも、姫さまは懸命に御眼を開いて“変身”を見逃され
まいとお努めになりました。

 輝く“光”はすぐさま中庭いっぱいに充満しました、金の砂を
振り撒いてごうごうと荒れ狂っています。この世のものとは思われ
ない猛々しい“光”、けれど姫さまはなおも真っ直ぐに見つめられました。

 不意に、“光”の中心より黒い長い「首」が突き出されました。
 鋭い角を頂くごつごつした頭、口は長く耳の近くまで切れ上がり、
白い牙をずらりと並べています。炯炯(けいけい)と光る二つの
眼は金赤の色でした、その瞳孔はトカゲのように縦に裂けています。

 『あれが……』

 「竜の本性の姿」が、とうとう現れ出たのでした。首がすっかり
突き出されると、“光”は胴体と四肢を生み出しました。お城の
一番大きな樽の四倍はある巨大な胴、玉座の間の柱より太い脚、
そしてとぐろを巻く長い尾、全て黒く硬い鱗にびっしりと覆われて
おります。
 竜はさらに背中の翼を広げました。それは中庭の景色の半ば以上
を隠し、打ち振られるたび風を起こしてお城の壁をどよもしました。

 角の先から尾の先、翼のすみずみまで、それは漆黒の竜でした。
全てが現れると“光”はパッと弾け、散って竜の全身に細かな金の粒
をまぶしました。
 黒き竜は身震いしました、すると燦々と音たてて一斉に鱗が鳴り
ました。――まこと身も凍る怖ろしさ、到底人が眺めるべき姿とは
思われません。

 姫さまのみぞおちが、覚えずゾッと寒くなりました。窓枠を
つかまれるお手が冷たくなり、お顔からは血の気が引きました。

 『――いけませんわ!』

 けれど正気を失いかけられた時、お心の内に、呼びかける強い
“お声”をお聞きになられました。

 それは、姫さまの“恋ゆる想い”そのものであったのでしょうか。

 『あの方なのですわ、見るのです、よく見つめてさしあげるのです』

 姫さまは、片手にお首の一角獣のお飾りを握り締められました。
そうしてお心を励まして、黒竜の恐ろしい顔をじっと見つめられました。

 「ああ……」

 するとどうでしょう、金赤の眼、縦に裂けた瞳孔の中に「不安」が、
「哀しみ」の色が、人の姿であった時と同じく、今もさざ波をたてて
揺れ惑っているではありませんか。

 「あなた……わたくしの愛しい方……!」

 姫さまは窓から身を乗り出され、黒竜に向かって呼びかけられました。

 「なんとご立派な、力強いお姿でありましょう。あなたこそは
 竜の中の竜、北東の森の王者です。よくぞ真のお姿をお見せ
 くださいました、生涯忘れはいたしません、あなたはわたくしの
 夫、わたくしの誉れでございます!」

 このお声を聞いて、竜の眼がさらに大きく見開かれました。長い
首を立て、窓辺の姫さまの元へと鼻先を近づけてまいります。

 姫さまはお手を伸べ、金赤の瞳と見交わしながら竜の黒い鼻面を
お撫でになりました。何度も何度も、おやさしくお名残惜しく撫で
られました。最後には冷たい鱗に白いほほをすり寄せられました。

 それでも、「別れ」の時はやってまいります。

 黒竜は窓辺から顔を離しました。そしてなおもしばらく金赤の眼が
姫さまを見つめておりましたが……ついに天を向いて高い啼き声を
あげました。

 ゆらり、巨きな身体が地上から持ち上がりました。さらに強く遠く
一声、ドッと中庭に風が湧き起こり、旋風となって竜の身を包みます。

 「あなた!」

 激しい風と広い翼の羽ばたきを突いて、姫さまのお声は黒竜の耳に
届いたのでありましょうか。すでに、鱗に覆われた腹はお城の天辺
よりも高い位置にあります。

 竜の首が下げられ、光る眼(まなこ)が姫さまのおいでになる窓を
見つめました。大きな口が開き、長々と悲しげな声をあげました。

 ――『さらば!』――

 なつかしいお声が、お耳に聞こえたように思われました。
 そのまま、あっという間の速さで巨大な黒い姿は飛び上がり、
北東の方角に向け、夜の闇の中を遠ざかっていってしまいました。


 姫さまは、ずっと身じろぎひとつなさらずにご覧になって
おられました。






 「姫さま?」

 術が解けてようやく起き出した乳母が、窓辺から動かれない
姫さまを見出し、不思議に思ってお呼びたて申し上げました。

 途端に、姫さまは声を放ってお泣きになられました。

 「ああ、あああああ〜〜〜!」

 驚き慌てておそばに駆けつけたお付きの者どもがいかにお慰め
しようとも、その涙をお止めすることはいっかなできません。

 首飾りと窓枠とをしっかりと握られたまま、お声も涙も枯れ
果ててなお、姫さまのお嘆きは止むことがありませんでした。


【“ある姫さまのお話:3(妄想特別編)”の続きを読む】

ある姫さまのお話:2(妄想特別編)

   「ある姫さまのお話」 (2)

 そして、男はついに言葉を出だしました。

 「申し訳もございません、姫さま、どうぞその剣はお下ろしに
 なってください」

 云うが早いかサッとその場にひざまずき、彼は右の腕を胸に
当てて頭(こうべ)を垂れました。

 「私はお国の北東の森に住まいする隠者にて、こちらの
 姫さま方のことは、ご幼少のみぎりよりかねて存じあげて
 おります。
  このたびは是非にもお渡ししたい品があり、己の身分も
 わきまえず参上してしまいました。お心をお騒がせしました
 不躾(ぶしつけ)、平にお詫び申し上げます」

 面を下げたまま、姫さまに向かい丁寧にあやまりの言葉を
申し述べます。それは低く静かな声音でございました。

 “北東の森”といえば、姫さまがお小さい頃よりたびたび
姉姫さまと連れ立ってお出かけなされた場所。大きな岩山の
ふもとに広がる、いく筋もの甘い清水の流れるお気に入りの
森であります。
 
 なじみ深い地より来て「渡したい品」を携えていると言う
男……不思議な現れ方はしたものの、目の前の青年の態度には
慎みと落ち着きが感じられます。姫さまのお胸からは次第に
“怖さ”の思いが薄れ、お気持ちは「彼は誰なのか?」との
ご興味へと移り替わりました。

 そこで懐剣を鞘に納められると、誰何をなさいました。

 「北東の森の隠者どの、あなたの殊勝なる態度に免じて
 無礼の件は許してさしあげます。
  して、わたくしに『渡したい品』とは何でございましょう?」

 姫さまのお声を聞いて、男は小さく「ほっ」と息をついてから
応えて語り始めました。

 「実は先にお二方が森遊びをなさいました後、私は森の
 中にて首飾りをひとつ見出しました。一角獣(ユニコーン)の
 姿をかたどった白金の作にてございます。

  一角獣といえばお国の王家の紋章、これは姫さま方の
 御料の品に相違ないと思い、再びの御幸を待ってお返し申し
 上げるつもりでおりましたのですが……

  なかなかお出でがありませず、ついに痺れを切らして
 ご迷惑も顧みず、このように押しかけてしまいました次第にて」

 そのように申します。「白金の一角獣」と聞いて、姫さまには
思い当たるふしがございました。
 父王さまが以前、姉妹の姫さまたちにお揃いでお作りくださった
いく組かの宝飾品。その中に、確かに「白金の一角獣の首飾り」が
あります。姉姫さまはエメラルド、妹姫さまはルビーがそれぞれ
一角獣の輝く眼(まなこ)として嵌め込まれた品でした。

 『そう言えば、森遊びの後にお姉さまが“一角獣の首飾りが
 見当たらないの”と仰っていらしたわね……』

 お二人で最後に森遊びをなさいましたのは、三ヶ月ほど前の
春先のことでした。それからは姉姫さまのご結婚のお仕度で
ともにお身の回りがすっかり忙しくなられ、小さな首飾りの
ことはつい忘れられてしまったものと見えます。

 「その首飾りでしたら、覚えがあります。もしや一角獣の眼に
 緑の宝石が嵌め込まれてはおりませんか?」

 姫さまが問われますと、男はつと顔を上げました。その時ちょうど
廊下の窓より月の光が差し込んで、彼の面を照らし出しました

 姫さまは思わず息を呑まれました。男の顔は、肌こそ浅黒い
ものの目鼻立ちは通り額は秀で、きりりと引き締まった印象は
隠者というより騎士の風格をたたえております。

 われ知らず、姫さまはご自分のお顔が熱くなりお胸の動機が
高まるのをお感じになられました。

 そんな姫さまのお気持ちの変化を知ってか知らずか、男は慎み
深いかしこまった様子で、懐から香りの良い木の葉の包みを取り
出します。

 「はい、仰せの通りにございます。なにとぞお確かめをば」

 男の指がその包みを開きますと、中にはあの「エメラルドの
眼の一角獣」の首飾りが入っておりました。

 「ああ、お姉さま……」

 姫さまは白いお手をさし伸ばされ、男の手の上から首飾りを
取り上げられました。ご自分のお手に取られたそれを眺められますと、
楽しかった姉姫さまとの日々の思い出が次々によみがえります。

 帰らない懐かしさを想い、姫さまの御目からはらはらと涙が
こぼれ落ちました。

 「これは大切な思い出の品、わざわざお届けいただき心より
 感謝しております。
  隠者どの、先には不心得者などとお呼びたてしてまことに
 申し分けないことでございました、お詫びいたします」

 栗色のお髪を揺るがせてお頭を下げられますと、黒ずくめの
男はわずかに顔を歪めました。

 何事か、苦しいような切ないような複雑微妙な面持ちです。
そして申し上げました。

 「私は……まだ本当のことをお伝えしておりません。
  実は、首飾りをお返しする件は“方便”に過ぎないのです。
 本当は……本当の目的は、あなたさまにお会いすることでした。
 姫さま、私はずっと、影ながらあなたさまをお慕い申し上げて
 いた者にございますれば」

 驚くべき告白、姫さまはあまりのことに御眼を見張り後じさり
なされました。

 それでも、彼はなおもひるまず言葉を続けます。

 「北東の森に隠れ住みつつ、時おりお出でになるあなたさまを
 “なんとお可愛らしくも気品高い姫さまよ”と心楽しく見守って
 まいりました。ずっと、お健やかなご成長をひそかに窺うこと
 だけで満足しておったのでございます。

  けれど……そちらの首飾りを見出しました時に、私はついに
 はっきりと我が胸の内を悟りました。

  このお品があれば、あなたさまにお会いする理由となる。
 そう、私はあなたさまに、私が居るのだということ、長年
 お慕い申し上げてきた心をどうしてもお伝えしたい。いや、
 お伝えせずにはこの先生きて行く甲斐がないのだ――と、
 気づいてしまったのでございます。

  このような心持ちが身分不相応であることは、重々承知。
 あなたさまが仰られましたように、不心得者なのです、私は。

  けれど、今はこうして我が思いのありたけをお話し申し上げて
 しまいました、すでに心残りはありません。
  お付きの皆さま方にかけました「スリープ(睡眠)」の術は
 すぐさま解きましょう。姫さま、どうぞ私の身柄はお城の衛兵に
 お引渡しください、この不調法の裁きは何なりと受ける所存に
 ございます」

 そう言って、男は再び面を伏せました。

 「待って、術を解くのはお待ちになってくださいまし、あなた」

 叫ぶような調子で、姫さまは思わず止めにかかられました。
彼を“助けたい”とお思いになられたのです、無性に。
 ――どうしてそのようなお気持ちが生じられたのか、省み
される余裕とてないままに。

 「あなたはわたくしを、ずっと見守ってくださっていたのですね。
 ……あの北東の森は、わたくしの一番好きな場所です。いつも
 お姉さまと楽しく遊ぶことができたのは……あなたがそっと……
 見ていてくださったから……。
  存じませんでした、何も存じませんで恥ずかしいことです……
 わたくしこそ、わたくしこそあなたに重ねてのお詫びを申し
 上げなければ。

  隠者どの、あなたが裁きなど受けられる必要はありません。
 むしろこれまでのお見守りのご恩に、わたくしは少しでも報いたい
 と思います。もし願いのすじがおありでしたら、どうぞ仰って
 くださいまし」

 そのお言葉がどのような結果を招き寄せるのか――深窓のお育ち
であらせられる姫さまにはご想像のかなわぬことではありました。

 「“願いのすじ”と……でしたら、その御手をどうか私に」

 男はややためらいがちに申し上げました。彼の前に姫さまは歩を
進められ、象牙細工のような御手を静かに、甲を向けて差し出され
ました。

 彼の敬愛の証したる「接吻」を受けられるために。

 差し出された御手を見て、男は息を呑みました。彼の手――
大きく厚い手が姫さまの小さな御手を取り……黒髪を頂いた
凛々しい面がそっとそっと傾けられ……やがて熱くやわらかい
ものが白い御手の甲に触れました。瞬間、姫さまのお体の芯に
「ぴりり」と激しい“おののき”が走りました。

 『あ……』

 おみ足から力が抜け、覚えずがっくりとくずおれかかり……
そのたおやかなお体を、颯と立ち上がった男の腕が抱き取りました。

 『あなた……』

 男の視線が、熱い光をたたえて姫さまのお顔の上に注がれて
います。「運命」が見ている、姫さまは二たびそう思われました。
今お体を抱きしめている腕の力、黒い装束、夜の静けさと暗闇、
全てが何物かを孕み、これこそが「運命」なのだとささやきかけて
くるかのようです。

 男の唇が、ゆっくりと動くのが見えました。

 「あなたが、欲しい」



 「許し、ます」

 つぶやかれて、姫さまは御眼を閉じられました。



 赤すぐりの唇を、姫さまの体温よりも熱い「何か」がしっとりと
ふさぎました。


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ある姫さまのお話:1(妄想特別編)


 新年明けて2007年となりました。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 ――さて、かねて予告の「妄想特別編」、
求められているのかは存じませんが、空気は
読まずに投下開始であります。



   「ある姫さまのお話」 (1)


 むかし、むかしのお話です。

 大陸の北寄りに、王さまのいらっしゃるお国がありました。
深い森と清らかな湖が点在する、それは静かな、美しい土地で
ありました。

 お国のお城は白い石造りの建物で、鬱蒼とした森を間近に控え、
昼間は緑濃い影が白い肌に差し、朝な夕なは紅い陽の光がお城の
全体をバラの色に染め出します。
 お国の人も旅人も、眺めては時を忘れ歌を作ってその威容を
讃えました。

 けれど、お城の本当の“宝”は、その内にこそありました。

 建物の外側からは窺い知れない、お城の中庭。庶民のお家で
あれば10軒がほどはすっぽり入ってしまおうかというその広い
中庭を、先ほどからじっと眺めおろしていらっしゃるお目があります。

 城壁の内では南側にあたる、最上階の5階の窓。その窓から
頬杖をついた可愛らしいお顔がひとつ、中庭を眺めておいででした。

 これは王さまの5人いらっしゃるお子さまのうちでも、お2人
おられる姫さまのおひと方、末の姫さまでいらっしゃいます。
 ミルク色をした肌に赤すぐりの唇、腰まであふれる栗色の巻き髪。
「王の秘蔵の百合」と称される姫ぎみは御歳16になったばかり、
父王さまや眷属の貴族の方々より沢山な祝いの品々を送られましたが
――それらは姫のお部屋の片隅に積まれたまま、未だひとつたりと
開かれてはおりません。

 「あぁ……」

 姫さまがひそやかなため息をおつきになられました、もう何度目に
なるのかはわかりません、とび色の御眼には愁いの気配がかすみ雲の
ようにただようばかりです。

 「姫さま、そろそろお部屋の奥にお入りになってくださいまし、
 風が冷たくなってまいります」

 筆頭の侍女が声をお掛けしましたが、それを聞き入れるでもなく、
鈴を振るようなお声がつぶやかれます。

 「……お姉さまのお好きだったお花が散ってしまったわ、
 寂しいこと。お身代わりと思って毎日楽しみにお世話して
 きたのに、もう花の時期がすぎてしまったのね。

  お姉さま、今頃どうしていらっしゃるのかしら?」

 「上の姫さまは、ご新郎さまとの御仲も睦まじくお過ごし
 だそうですよ。花は庭師に命じて種を取り置きさせましょう、
 秋の終わりに蒔けば、来年の春にはまた咲くでしょうから。

  その時分には、もしかすると上の姫さまは南の国の
 お世継ぎを生んでいらっしゃるかもしれませんね」

 乳母がほほ笑んで申し上げましたが、姫さまはかぶりを
振られました。

 「いや、いや、いや……。
  わたくしはお姉さまとずっと一緒にいたかったの、
 このお城でお庭の花を摘んだり、森や湖で遊んだり、
 お互いに作ったお話を聞かせあったりしたかったの。

  どうして……どうしてお嫁に行ってしまわれたの?
 お姉さま……」

 小さな赤い唇を噛み、泣き出さぬばかりに嘆かれます

 ――実は、姫さまのたったおひとりの姉姫さまは一ヶ月
ほど前、南にある同盟国の王子さまのもとへと嫁がれたのでした。
 三つの御歳上である姉の姫さまを、末の姫さまはお小さい頃に
亡くなられた母上・お后(きさき)さまの代わりとお思いに
なって強く慕っておられました。それだけに、その姉姫さまが
お城を後にされたことは、末の姫さまにとってはこの上ない
悲しみなのでございました。

 「姫さま」

 乳母はふるえる背をそっとおさすり申しあげながら、
おなぐさめにかかります。

 「姉姫さまのご結婚は、すでにご幼少の頃より南の王さま
 との間でお約束として決められていたことでございます。
 これは両国の固めの盃事、皆がお祝い申し上げておりますし、
 姉姫さまのご伴侶の王子さまも、おやさしくお美しいお方と
 うかがっております。

  姉姫さまも、今はお幸せでいらっしゃると先のお手紙にも
 お書きになっておられたではありませんか。さ、もう涙は
 お拭いになって、何か楽しいことでもお考えあそばしますよう」

 けれど、この言葉は姫さまに新たな物思いをもたらしました。

 「以前からのお約束……それは、それではわたくしも
 いつかは……いつかはこのお城を離れて……お父さまや
 お兄さまから離れて遠くのお国へ……お顔を見たこともない
 どなたかの元へとこの身を預けねばならないのですか……。

  いや、いや、それはいや、わたくしはここを去りとう
 ありません、このお部屋もお庭も、森も湖も、みな大切な
 わたくしのお友だちです。
  お姉さまと別れた上、お友だちとも別れるだなんて……
 そんな悲しい寂しいこと、わたくしにはもう耐えられません、
 わたくしは嫁ぎません、どこへも行きとうありません!」

 そう仰ると、ついに堰(せ)きあえぬ涙にむせんでしまわれました。

 「ご心配にはおよびません、姫さま……」

 乳母は落ち着きはらって、なおも姫さまのお背中やお髪を
なでて差し上げました。

 「あなたさまは王さまのお手元に残ったたったお一人の姫、
 お宝です。いつも、“目の中に入れても痛くない”という
 お可愛がられようではございませんか。
  それほどお大切な姫さまを、父上さまがどこへやりましょう。
 あなたさまはずっとこのお城で、このお部屋でお庭のお花を
 見て、森と湖に遊んでお過ごしになれますよ」

 静かに、静かに諭されます。それでもしばらくは嗚咽の声を
漏らされておられた姫さまでしたが、やさしいおなぐさめが
次第に功を奏したのか、ひとまず涙を収められたのでありました。



 さて、その夜のことでございます。

 父王さま、兄上さまがたとの楽しいご夕食を終えられた後、
姫さまはご自分のお部屋に下がられて、心やすらぐひとときを
楽しまれておいででした。

 物語の上手な乳母や侍女たちを相手に、昔話や流行の物語り、
神話・伝説のたぐいを互いに語って聞かせあうのです。それが、
この姫さまの最もお好みの「お遊び」でした。

 ご自分自身が常の暮らしから離れることには恐れを感じて
やまない姫さまも、お気持ちの中だけで見知らぬ世界をさまよう
ことは、胸の内がわくわくと弾み甘美の味に酔いしれる体験と
感じられます。

 そこでこの夜もまた、皆にせがんで物語の輪を広げておりました。

 ――と、どこからか良い香りがただよってきました。

 『あら、このお香は何だったかしら?』

 姫さまはお頭(つむり)を傾げられて想い出そうとされました。
が、聞くほどにご存知のどの香とも違う匂いに思われます。
清しい水の香気とも、寂(さ)びを含む森の気配とも似ている
ようで微妙に異なる香り……

 「あっ!」

 かすかな匂いを聞くことに夢中だった姫さまがふと気づかれた
時には、お付きの乳母も侍女たちも全て眠りの中にありました。

 「どうしたの、起きて、みんな起きるのよ」

 驚いて揺り起こしにかかりましたが、いずれ椅子に座ったなりの
格好のままで、深い深い眠りに落ちています。どれほど揺すっても
誰ひとりとして目覚める様子がありません。

 「誰か、誰か来て、お願い!」

 お部屋の戸を開けられて、廊下に控えているはずの衛兵たちを
呼ぼうとしました。
 ところが、応える声はありません。
 暗い廊下に灯る明かりを透かしてよくご覧になってみれば、
これは何としたこと、お城の衛兵たちもそこここで剣や槍を
手にしたまま眠り込んでいるではありませんか。

 『これはいったい……どういうことなの?』

 先ほどまでお話の中でしかなかった魔法の物語の中に、
ご自分だけ迷い込んでしまったのでしょうか?姫さまは
たいそう心細くお感じになり、今はお胸を不安に揺るがせ
ながら、それでも勇気を奮い起こして父王さま方がおられる
お城の別の棟へと向かわれようとしました。

 その時でした、

 ……カツ、カツ、カツ、カツ……

 廊下の暗がりの奥より、忍びやかな靴の音が響いて
きました。

 ……カツ、カツ、カツ、カツ……

 それは少しずつ、次第に姫さまのほうへと近づいて来る
ようです。

 『怖い……!』

 逃げ場はありません、恐怖のあまり身動きならず助けを
呼ぶ声さえたてられないまま、姫さまはただただすくみ
あがって震えておられました。



 そうして、やがて闇の中からにじみ出たのは一人の男。
立派な、でも黒ずくめの装束に身を固めた背の高い、
黒髪の、貴族風の青年でありました。

 男は赤みを帯びた黒い瞳で、じっと姫さまを見おろしました。
黙って、静かに。姫さまは「運命」そのものに見つめらている
ように思い、今にも足からお力が失せてしまいそうでしたが、
追い詰められたことでかえって一国の姫君としてのご自覚を
取り戻されました。

 見知らぬ者の前で不覚を取る醜態だけは、何としても避け
ねばなりません。
 薄紅に白のレース飾りのドレスの内側より懐剣を取り出され、
その切っ先をぴたりと細いのど首に当てられました。

 「不心得者、それ以上わたくしに近づいてはなりません!」

 そのお姿を見て、黒ずくめの男の眼は大きく見開かれました。


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