うろうろ雑感ノート

文章創作に挑戦する一個人のブログです。 日々の生活の中で気になること、思うこと、 そして自他の作品に関する考察を中心に、日記形式で書いてゆきます。

【他己紹介バトン】です


 サイト青色断章のひるねさんより【他己紹介バトン】
いただきました。諸般の事情により掲載がズレ込みましたが
回答、ゆきますね〜〜。

 ◎他己紹介バトン◎

 【ルール】

 1.必ず回してきた相手について答えること
 2.必ず誰かに回すこと
 3.送り返しOKです。自分をどう思っているか気になったらどんどん
  送り返し聞いちゃいましょう。


 【名前を教えて下さい。】

 →ひるねさんです。

 【芸能人にすると?】

 →なんとなく、NHK加賀美幸子アナウンサーの声が
   イメージだったり。

 【キャラクターにすると?】

 →私の脳内では、ご自身のオリジナルキャラである
   「アニュス・デイ」が浮かんでます。

 【好きなものって何だろう?】

 →趙雲に、馬超に、そして花京院の典ちゃん。

 【どんな性格?】

 →穏やかで、家庭的な方(推定)。

 【さらに細かいことを教えて!】

 →根気のいる細かな作業も、最後の最後まで丁寧に
  仕上げられる職人気質の方(推定)。

 【バトンを回す人5人を指名。】

 →えーっと、このバトンは以前にも回しましたので
   今回はアンカーにて御免、でございます。


(あああ、一方的なイメージばかりで申し訳なく……)

マンガ版は関係ありません


 私がサイト黒猫館で連載中のカルド創作『“力”の扉』は、
基本的にゲーム『カルドセプト』(SS版)に準拠しております。
マガジンZのマンガ版カルドとはな〜んの関係もございませんよ!


 ――などとひとこと(声を大にして)言っておく。

 「サーガ」に登場するCPUキャラの「ゼネス」は、どう考えても
マンガ版のゼネスなんじゃないかと思う。なんか左腕が“無い”
らしいが、ンなこたぁどーだっていい。「サーガ」には講談社も
協賛してたようだから(Zに紹介記事がたびたび載ってた)、
まあその縁(金の縁)なんだろーね。

 ゲーム『カルド1』に登場したゼネスとマンガ版のゼネスとは
“別物”だと考えてますよ、自分は。てか、マンガ版のゼネスは
嫌いだ、正直(人物造形でなく、描かれ方の“安さ”がイヤ)。
他の二次書きさんで上記の点を気にする人がいるのを見ると、
「自分設定で胸張ってりゃいいじゃないか」と思っちゃう。





 昨年「サーガ」が登場して以来、個人的にストーリー面での
セプター間の評価については特に注目してきた。


 で、その結果「公式が何を出そうと、リアルセプターを納得
させられないストーリーはそっぽを向かれる」ということが
ハッキリした。
 ある意味、当然のことだ。セプター(覇者)の数だけ世界がある
のがカルドの世界観設定なんだから。ゲームありマンガあり、
だけど「それはそれ、これはこれ」が大方のセプターさんたちの
理解であると見た。


 だから、やはりカルド創作に取り組む上で大切なことは、
ゲーム『カルド』の本質部分を押さえることなのだと思う。
そこさえクリアしていれば、他セプターさんから「これは
カルドだね!」と認めてもらえるんだから。

 そういう意味では、決まったストーリーのあるゲームないし
マンガの二次創作とは“違う”のだと思う、カルドの場合は。
「サーガ」が出たことでわかった、数少ない「良かった」と
思えることのひとつだな、これは。


【“マンガ版は関係ありません”の続きを読む】

ぶつぶつ日記


 ・私のバルダンが負けてしまったぁ〜〜(TCULD!)。

 ・一日中「お腹すいた」云うヤツが家の中にいる。

 ・来年度に地区の育成会役員をすることになってしまい、
先月も今月も土日になると会議があってウザい。

 ・あともー少しなんだけど、「続き」がなかなか上がらない
予想以上に○○な話になっている。

 ・で、結局また「独白シリーズ」の方が先に出来あがりつつある。

 ・そのくせ、こそりと自分だけで楽しむ話を構想し、ネタ帳にまで
書き出そうとかしている。


 ………………ふ〜〜〜〜〜〜っ、どもすみません、
もうしばしのお待ちをば(平身低頭のかまえ)。

 

雪の宿

 
 ※この作品は、私のサイト・黒猫館の連載読み物に
寄せていただいたイラストをもとに書いた一編です。



 『雪の宿』

 「ああ……人のお家がある……」
 膝まで埋まる雪の山道をようよう越えて、セプターの
師弟は山懐(やまふところ)にたたずむ小さな村の入り口
まで降りてきた。

 中年男の師匠は旅慣れているだけに息をはずませることも
なく、しごく平然と雪を踏んでいる。しかし17歳の、しかも
少女である彼の弟子は人家を見てホッと安堵の息をついた。

 だいぶ疲れているようだ、少女の足取りは重い。汗をぬぐい
師が漕いでくれた雪道を、少しふらつきながら一歩一歩、
踏みしめる。

 『まぁ、ここまで泣き言も吐かずによく歩いた』

 師匠――ゼネスは弟子――マヤをチラリを眼の端で振り
返ると、村に至る細道の雪の中をなおも黙々と進んだ。


 「おやまぁ、こんな雪の中をお出でとはありがたいことで」

 村に一軒だけあった宿に上がりこむと、宿の者は二人を
いたく歓待してくれた。
 聞けば、この辺りは雪が深いため初冬から晩春までは山の
街道もほとんど人通りが絶えてしまう。この宿がにぎわう
のはもっぱら、雪が消えた初夏から秋までなのだそうな。

 「それでも、ウチは山から引いた温泉が自慢ですよって、
 お客さんもぜひお湯へ入ってってくださいましな」

 極上の笑顔で、女将は入湯を奨めてくれた。



 ザザァーー

 「ふぅ〜〜〜っ……」

 たっぷり湯を張った湯船の中に体を肩まで沈め、ゼネスは
深い息をついた。浴槽はなかなかに広く、彼の手足を伸ばしても
十分にくつろげる。 

 雪の山道を越えて冷えた身体に、熱さが沁みた。かすかな
硫黄臭と“湯の花”も温泉らしい情趣だ。
 しばらくは目を閉じて、ただ陶然として湯に浸っていた


 体がすっかり温まると、ゼネスは湯船を出て流しに座った。
この宿の浴室は浴槽も床も、全てが木で作られている。
湯を汲み上げる小桶や盥(たらい)も木で、これが床に当たると
「カコ〜ン」
 心地よい音が響く。こんな風呂に入るのは初めてだ。
もの珍しさに浴室の中を眺め回していると――

 「カララ……」

 後ろの戸が開く音とともに

 「ゼネス、背中流すね」

 弟子の声がした。

 「……お、おまえ!」

 首だけ振り返ったまま、ゼネスは固まった。ここで
彼女が出て来るとは、想像だにしていない。
 今彼を守る“盾”といったら腰に巻いた一枚の手ぬぐい
ばかり。うっかり勢い良く立ち上がったりしようものなら、
はらりと結び目が解けて落ちてしまうかも知れない。

 「な……何しに来た……」

 「え?背中流しに、だけど?」

 少女(とはいえ、旅する便宜のために男装をしているが)は
首をかしげて彼を見た。腕も足も、肘と膝まできっちりまくり
上げた「三助スタイル」である。
 ふっくらとうすい肉が付いた腕と脛が丸見えだ、いずれも
つややかに張った生白い肌に若さがうかがえる。

 進退きわまり、ゼネスは小さな椅子の上で呆然とした。

 「弟子が先生の背中流すのなんて、当り前でしょ?」

 言って、マヤはさっさと師の背中に近づき、しゃがみ込むと
持参の手ぬぐいを小桶の湯にひたし、固く絞った。

 ゼネスの肩に「手」が添えられた、やわらかくて小さな。
そして……手ぬぐいが背中をこすり始めた。

 ゴシ、ゴシ、ゴシ、ゴシ――

 「ゼネスってさ、叩けばホコリ出るしこすれば垢出るしで
 ぜ〜んぜん“神さま”っぽくないね」

 熱心な手ぬぐいの動きの合い間に、減らず口を効く。
肩に置かれた手の、指の腹の感触がくすぐったくて「熱い」。

 ――どうにも、落ち着かない。

 「うるさい、俺はどうせ“亜神”だ」

 つぶやいた声は、小さかった。

 「……背中、痛くない?」

 弟子はこする調子が強すぎないかと尋ねてきた。が、

 「……それでいい」

 師は言葉少なに答えた。背中で、少女の吐く息が次第に
せわしくなる。やわやわと湯気とも吐息ともつかないぬくもりが
忍び寄ってくる。

 ――いつまでこうしていてくれるだろうか?――

 そう思った途端、ザザッと背中に湯を掛けられた。

 「はい、おしまい。きれいになったなった」

 満足そうに言って、立ち上がる気配がした。

 「…………」

 何と答えたものか、皆目見当もつかない。

 「ね、これから私も一緒にお風呂入っていい?」

 えらく明るい声が降ってくる。ゼネスは慌てて振り向き、
怒鳴った。

 「バカ!何を言い出すんだお前は……」
 
 しかし、少女はすでに戸を開けようと扉に手をかけている。

 「冗談に決まってるじゃん、顔真っ赤だよゼネス。
 ヘンな期待しないでよね〜」

 笑いながら出て行ってしまった。


 浴室は再び静かになった。


 背中の他をぽつねんと一人で洗い上げ、ゼネスはもう一度
湯船につかった。

 『ふ〜〜〜っ……』

 肩や背のくすぐったいようなむず痒いような感覚が、まだ
彼の中でひそひそとうずいている。困った、それでいて
いつまでも続いて欲しかった気もするひと時。

 「冗談、だよな」

 なんとはなし風呂から上がってしまうことが惜しく、彼は
もうもうと湯気をあげる湯の中でさらにしばらく“待って”いた。


 もう少しで、湯あたりしそうになるまで。


【“雪の宿”の続きを読む】

口づけ

 
 『口づけ』


ほころびかけた薔薇のつぼみ。
淡く色づいたそのいただきを、わたしは
唇の先でそっとついばみ、ついばみ、
やがて舌をのばし重なり合う花びらを押し分けて、
匂やかな深みへと入り込んでしまう。

ちろちろと舌先をうごめかせ
薄いひとひら、ひとひらをまさぐり、付け根を撫で、
そうして
ついに奥底の花芯へと至る。

まだ、たれにも触れられたことのない、震える場所。
すでにたたえられた蜜を、
すくい取り、すすりあげてむさぼり、味わい
熱く痺れた舌をさらに執拗にのたうたせてわたしは
甘い粘液を花びらの内側にもなすりつけてまわる。

みどりの薔薇の茎、
わたしの手が握るそれは棘を立てて指を、肌を刺す。
茎に葉に生ふる細く鋭い爪、断末魔の如くに振動させ
なぶり主の身体にあまたの引っ掻き傷をつけながら
花びらの重なりをすぼめ、肉厚の侵入者を深く強く押し包む。


『止まれ』


秘めやかな呪文の言葉、胸につぶやきつつ
陽光の輝く眼を逃れ
わたしたちはなおも、湿った影のふところを求めてむつみあう。



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「ウチのコ」考察2


 昨日に引き続き、「ウチのコ」という言葉にまつわる
特有の内面についての考察〜。

 ――まずは「例」をばひとつ。
 自分の子ども、あるいはペットを着飾らせて悦に入る
人はけっこうおいでだ。

 この時、着飾らせた主体人物(親あるいは主人)の内面には

 1)対象の子ども、ペットそのものが可愛い
 2)“自分の分身”としての子ども、ペットが可愛い
 3)子ども・ペットを鏡として、“自分の趣味の良さが
   確認できること”
が嬉しい

 大まかに言って、上記三点の「喜び」があると推察される。

 このうち1)は置くとして、2と3はまぎれもなく「自分褒め」
「自分バンザイ」
の心象として分類されるべき心持ちだ。

 一般的な人間社会内では、長らく「自分褒め」は公的には
慎むべきものとされてきた。というのも、誰しも自分を誇りたい
気持ちがあるのは当然であり、ゆえに「自分褒め」行為は
しばしば「自分が他人よりも優れている」アピールに取られて
他者の心証を害し、社会を不安定にしてしまうためである。

 ただし例外の場はあり、身内、それもごく親しい身内のような
「極めて親密なコミュニティ」の中に限っては、「自分褒め」言動も
(ある程度までは)許容されてきた。


 さて、本題。ネット上で見かける「ウチのコ」なる言葉、これは
主として創作系同人活動の場で用いられている。

 ここで言う創作系同人活動――とは、平たく言ってコミケット
(コミケ)会場で展示即売されるような作品に関わる人々を指す。
私の知る限りでは、会場に集う彼ら彼女らは作る側も買う側も、
コミケという大きなコミュニティの一員であるという意識を多かれ
少なかれ持っているもののようだ。

 そして「ウチのコ」は本来、このコミケのコミュニティに属する
人々の間から自然発生的に出てきた言葉。それも上記例での2や3の
意味合いを多分に含んで使用されるために生まれてきた言葉ではないか
――と考えられる。

 コミケのコミュニティ、その中でも細分化された各々の作品
(元ネタ)世界を共有する親密なコミュニティだからこそ、
「自分褒め」という自覚のある無しに関わらず許容され受容
されてきた言い回し――それが「ウチのコ」なのではないか?

 私はただ今、上記の仮説を持っている。


 ――で、それだけに「ウチのコ」なる言葉の不用意な使用には
(あくまで、不用意な使用のケースですよ)、身内意識の自堕落な
滲み出しを感じて不愉快を思ってしまう。

 『わたしゃアンタの“身内”になった覚えはないよ!』

 とまあ、こんな違和感。

 「えー、でも“同人要素あります”とか“親バカです”とか注意表示
されてるサイトさんは多いじゃない」
 と言われる声もあるだろう。が、こうした疑問には
 「私は身内としてではなく、あくまで鑑賞者として来ているのです」
 こう答えておこう。

 鑑賞者として来訪し、展示された作品とは真剣に対峙している。
そういうつもりの人間の眼に、「身内意識のダダ漏れ」は不愉快
以外の何物とも映らないのだ。

 それだけに、タマ〜に見かける

 「他人の妄想に文句を言わないでください」
 「ここは作者が楽しむためだけの場です、入るならマナー(?)を
  守ってください」

 ↑こういった文面を掲げる人にはかなり本気でイタさを感じる。
“鑑賞者は来なくていい、閲覧するなら身内になれ”そう強要している
のに等しいからだ(しかも、その“強要”を当然の権利と思っている
らしい様子がさらにイタタ)。

(その点、「自己満足サイトです、おめこぼしを」
「生暖かい目で見守ってください」等の方が姿勢が低い分“強要”
ではなく“お願い”に見えてマシとは思う)

 ネットは「公道」、“身内”だけの内輪ウケに留まりたいのならば、
オンラインでの展示は止めてオフラインのみに絞って欲しいものだ。


【“「ウチのコ」考察2”の続きを読む】

「ウチのコ」という気分は全然無いな


 よく創作サイトさんで見かける特徴的な言葉に

 「ウチのコ」

 というものがある。

 これは平たく言って「作者が書いた(描いた)キャラ」を
「作者本人が指す」時の言葉らしい(一次・二次を問わず)。

 「ウチのコ一番!同盟」なんてバナーも見かけたことが
あるぐらいだから、創作界(たぶん、同人系の)では割と広範に
認知された言葉であるのだろう。



 ――ああ〜、でもなんか、自分には「関係ない」言葉だな(苦笑)。

 正直言って、私には自分が書いている人物たちに対し
上記の如き「ウチのコ」感は全く持っていない(断言)。

 登場人物たちに必要な「設定」や「設計」をほどこし、実際に
物語世界の中で動き出してもらった途端、彼らはただ「彼ら」として
私からは切り離されてしまう――そんな感覚だから、いつも。

 で、切り離されて独自に行動し始めた「彼ら」を観察しまくる
ことで、私は「書く」のである。


 この時、観察の視線はけっこう“意地悪”だ。「彼ら」が
隠しておきたいような行為や内面であっても容赦なく「見る」、
そして必要と断ずれば「描写」してしまう。

 「ウチのコ」なんて思ってない(笑)、あくまで観察対象だね、
一義的には。


 しばらく観察を続けていればそれなりに「愛着」を持つようにも
なる。が、だからといってそれが「彼ら」の運命を変えることはない。
変わることがあるとすれば、物語世界内のパラダイムそのものが
変化する時だろう。


 冷たい?しかし自分ではどうにも「ウチの○○」とか言う気に
なれないのよ、ホント。
 彼らはもう「彼ら」であって、私に所属する者じゃぁないから。



【“「ウチのコ」という気分は全然無いな”の続きを読む】

ある覇者の願い


 『ある覇者の願い』


 ようやく、君に逢えた。

 ここに至るまでにどれだけの時を必要としただろう、
今のわたしの感覚をもってしても、もう確かに数えることは
できない。

 けれども、わたしは君に逢うことができた。

 生まれ、育ち、当たり前の日々を過ごしてゆく君を、
この世界に偏在するわたしが見ている。

 見続けている。


 わたしは、同じ“はじまり”を願った。
 君が再び生まれ出るまで、全てが違(たが)わぬ世界で
あるように――そう、望んだ。

 長い長い刻(とき)を待った、ひたすら待ち続けた。
「存在」を脱しなければ耐え得ない、悠久を、久遠をただに待った。

 待っていた。そうして、ついに君が現われた。

 かつてわたしが知っていた、同じ君が。


 君はやはり生まれながらの負担を持ち、
しかし周囲の人々からは温かく愛されて、すこやかに
成長してゆく。
 めぐりめぐる陽と月、その光が交互に君を照らす。


 赤子から幼児に、幼児から少女に、さらに思春期の少女へと。
背丈伸び髪やわらかにもうるわしく、君はいつしか初めて
わたしが出会った頃の君へと変貌している。


 だが、
 この世界で君と出会うのはわたしではない。
 君の傍には今、別の男が立ってやさしくその肩を抱いている。
 全てが同じ世界のたった一つの例外、
 わたしだけが、元から“ここ”には居ない。

 ――多くの罪を犯した果てに“覇者”となったわたしは、
再び人として君と逢うべきではない――

 君の魂とカルドセプトの盟約とを汚さぬために、自ら決めた。
わたしは見守るだけでいい、それ以上は望まぬ、と。


 ああ、わたしではない者と出会い、愛し合う君は、
それゆえにこそかつてとは“別の”運命を歩んでゆく。
 理不尽な死に追いやられることなく、子を産み、育て、
ささやかな、だからこそ得がたい幸せの中で少しずつ歳を
重ね、次第に老いてゆく。

 わたしは見る、大勢の孫に囲まれて笑う、皺を刻んだ
媼(おうな)の顔を。
 共に老いて、さらに仲睦まじい君とその伴侶の、ひたと
握り合わされた手と手を。

 やがて君は惜しまれつつ息をひきとり、丁重に送られ、
葬られてその身は土に還る。
 わたしは静かに事実を受け入れ、そしてようやく真の「神」となる。
 「神」であることの意味を知る。


 わたしの息は風と吹き、情が動けば水に波寄る。
燃ゆる思いの火を抱いて、身体たる地に万物を生ぜしめる。


 愛している、君を。
 愛している、君を生み育んだ世界を、
 その全てを。

 君がこの世界からいなくなってもずっと、
 ずっと、永遠に揺らぐことなく。


交換〜〜


 ようやく、一番欲しかったブツを買えました。
「棒っこ」の環境下はやっぱ、コレでしょコレ。


 ――や〜、ここでも書いちゃいますけどやっぱ
「2」でなくて良かったよ、ダイス目。

 「2」だけができることな〜んもなくて、ただただ
切歯扼腕するトコでしたんで、ちょっとは助かった気分。


 さぁさぁ、またやるぞ(と虎視眈々)。


開き直ってるし(ムカ)


 最近うわさの「サーガFAQ」見て来ました。
 (9日更新分ですよ)

 ◆ [マヒ]の呪い効果の特例処置

 [マヒ]の呪い効果を受けた場合でも以下のクリーチャーは
能力が発揮されます。

 コロッサス … 単体瞬間スペル・単体瞬間領地能力の対象に
  選べない。
 パウダーイーター … 移動時に[マヒ]が解除され増殖。
  元の領地と移動先の両方に配置される。


 ↑おいおいおい「特例」てナニ、これどう考えても「バグ」でしょが?
 2回目のパッチで直らない部分は仕様でバックレるんですか?
ひっで〜〜ハナシですなぁ製作サイドさんよ!!


 バグの直った版が出るようになったら箱○買おうかな
――とか思ってましたが考え直すことにします。以上。


業務連絡(半分ほどまで来ました)


 ただ今執筆中、日々ジリジリと書き進めております。

 次のアップ分は“8話その後”、「山の上の〜」と同じぐらいの
分量でまとめるつもりです。



 「う〜〜眠い〜〜〜、でも一行でも二行でも進めよう……」

 なんて思いながら原稿に向かい、でも結局書き出せば目が
冴えまくって(でも、だからといって大幅に進むというわけ
でもない)かえって後で眠れなくなる体質はいかがなものかと。


 ふむむ、がむばりまっす。


【“業務連絡(半分ほどまで来ました)”の続きを読む】

恐い話


 昨日、こちらのリンク欄に一件、さるブログを登録させて
いただいた。

 「マンガ・コース講師」という名のブログがそれ。
ブロガー氏は三つの大学と専門学校でマンガ・コースの
講師を務めておられる、長谷邦夫さんである。

 長谷さんは、確か赤塚不二夫氏らと同期の、長いキャリアを
お持ちの漫画家だ。
 自らマンガを描かれるだけでなく、マンガ雑誌・関連本の
編集や創作論もものされる、“複眼”をもって業界を俯瞰する
ことのできる、貴重な人材としても著名。リンクしたブログの
エントリを読むと、

 「ひとつの世界を創り上げるために、どんなスキルを
 どのように磨いてゆく必要があるか」

 という、まさに“創作のイロハ”の懇切丁寧な指導要領が
示されており、大変に勉強になる。


 ――が、しかし。

 本日こちらのコメント欄をチェックしていて、恐るべき話
目にしてしまった。

 以下、抜粋。


  ■コメントしてみます

 >>マンガが有って良かった

 そうもいかないかもしれません・・・。
 昨日、オタク大賞に行ってきたのですが、そこで「今の若い人は
 マンガが読めなくなっている」という話題が出ました。つまり、
 マンガ上で伏線を張っても読者が理解してくれなくなり、
 しつこく状況を説明しないといけなくなった、というのです。
 ノベルがライトノベルになったように、マンガもライトマンガに
 なっていくのでは。。。と、杞憂。まあ、又聞きの情報なのですが。

 中村情苦 (2007-03-01 06:11:28)


 ■無題

 それって結構ありますね。
 小説コースにもゲームしか興味がない者が
 居るんですよ。

 nagatani (2007-03-01 14:37:22)

 ※文ママ、改行についてのみ引用した私が適度に変えております。


 ↑ぐわぁぁぁ〜〜〜、なんだそれ!若い世代で読書スキルが
劣化してるちゅー話、聞いちゃあいましたがホンマなんですかぃ。

 「一番大事なことは書かない、読み手に感じさせる」のが
活字でもマンガでも“上手のワザ”だったはずなのになぁ。

 それに「ゲームしか興味がない」と書かれてますが、実際の
ところそのゲーム自体でさえ、最近の作は見た目やストーリーが
やたらめったら「わかりやすい」モンばっかになってる感じだし。


 「読み」スキルの劣化って、ぜ〜ったいソフト界全体の劣化に
波及するんだよね。恐っ!ここんとこ見聞きした話の中でもこの
話題が最っ高〜に恐いよ自分……!!(ガクガクプルプル)。


 トラックバック
http://ameblo.jp/nagatani/entry-10026812844.html



まだ下げるのは早いな、と


 来ましたね、「サーガ」2回目のパッチ。

 自分なりにいろいろと情報収集しておりますが、
う〜ん、どうもまだ「微妙なもよう」の気配が。

 ・残ってるバグがある
 ・相変わらずオンの対戦が安定しない人がいる

 この二点、特に後者(オン環境)が改善されない限りは
「物売るレベルじゃない」と言われたって仕方ないぞ。
だって、「オン対戦できる唯一のカルド」が強力なウリで
あったのだし、事実そのことを期待して箱○込み購入された
セプターさんも多かったのだから。

 ――ということで熟慮の末、黒猫館トップページに貼り
付けてある「サーガ修正要求バナー」はまだ下ろしません
(てか、下ろせません)。

 少なくとも、改訂版商品(これならお金取れると販売側が
判断したブツ)が市場に出て、その“改善ぶり”について
セプター側のリサーチ結果が固まるまでは、今のまま貼って
おくつもりです。

 (やー、悲しんでる方の声聞いちゃいますとね、そう簡単に
「良かったね」言えませんのよ実際のトコ)

 お見苦しいかもしれませんが、ご了承のほどをよろしく
お願い申し上げます。


すごい小説





 このブログのカテゴリに「読書感想」というジャンルを
もうけているのに、ちぃとも感想あげてなかった。

 だから――というわけでもないけれど、今回はふと思い立って
一冊ピックアップ。藤枝静男氏・著『田紳有楽』である。
(写真は講談社文芸文庫)


 もし「おすすめの小説を一編、あげてください」と言われたら、
私のお奨めは常に上記著作だ。ジャンルは「私小説」になる。

 もしあなたが「私小説」と聞いて、何だかせせこましくて
辛気くさ〜い身辺雑記を思い浮かべられるのならば、むしろ
ちょうどよい。ぜひぜひお読みになって、ドカ〜ンと一発
ぶっ飛ばされてください(笑)。

 正直言って、ここであらすじ書いてネタバレしたところで、
上記作品の“スゴさ”はいささかも揺らぐものではない。だが、
やはり何も知らない状態でお読みになるのが一番だと思う。

 「こんなん、“アリ”なんですか〜〜〜っ!」

 読みながら何度つぶやいたことだろう。しかし“アリ”なのだ、
小説とはそれほど自由な媒体なのである、もうしかと身に沁みた
(そしてもちろん、併録の『空気頭』もお奨めの作だ)。

 ちなみに同じ“芸風”の小説家は、古井由吉氏ぐらいしか思い
浮かばない。「私」を突き詰め突き抜けた先の、幻想の大海に
どうか首までハマっていただきたい(哄笑)。


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