自分の「無知」とか論考するための手法やボキャブラリの「足りなさ」とか
「貧困さ」とかが口惜しくて情けなくっていつも歯噛みしながらそれでもしがみ
つくようにして考えたり書いたりしてきましたが、最近いささか疲れてしまいました。
というわけで、しばらく充電したいと思います。お他所のきちんと論考を
されているブログとかサイトをじっくりROMして、英気を養うつもりです。
わ・た・し・は〜元気〜〜〜♪
――とか歌いつつ“小銭を拾って『ペイン』を撃つ”みたいなワタシ。
本日の通勤途中のこと。
大きな河川にほど近い静かな住宅街を走行中、50メートルばかり先の電線の上を
「ツツィッ――」飛んで過ぎた、一羽の鳥のシルエット。
ヒヨドリよりやや大きくハトよりはスマートな、長めの尾羽の影。
「やや、“あれ”はもしや!」
運転しながら耳をすませばしばし後――
「カッコゥ……カッコゥ……カッコゥ……」
ああ、今年も渡って来たんだね。
青葉繁れる季節、新緑の使者の声。
小説家に一目置かれる小説(または小説家)というものが存在する。
これは映画監督に一目置かれる映画や画家に一目置かれる絵画
と同じく、
「ある程度以上製作メカニズムをわかった上で初めて理解できるスゴさ」
――であるのだろう。
しかし、
イヤミな見方すれば一種の「踏み絵」になるよな〜(苦笑)コレって。
「読み」の程度とか、客観的に表わしちゃうようなブツってどうにも恐いや。
『“力”の扉』第11話続きは、ようやく切りのいい所まで
書き進めました。
ということで、昨日より打ち込みを開始しております。
11話は前・中・後の三部になる予定、今回の更新は
「中編」をアップいたします。
ではでは、しばらく潜らせていただきまする〜〜〜。
今年は「源氏物語千年紀」なのだそうな。
私は――岩波の古典文学大系で読んだな。あれは注釈・補注だけで
口語訳がついてない点が、鬱陶しくなくって読みやすかった。
(高校までの古典知識があれば、充分に源氏は読める。王朝文学独特の
“主語のない”文章には慣れが必要だが、いったん慣れてさえしまえば
後はそんなに苦労はしない……かと)
『紫式部日記』に出てくる話。
―― 「左衛門督 あなかしここのわたりに若紫やさぶらふ とうかがひ
たまふ 源氏にかかるへき人も見えたまはぬにかの上はまいて
いかでものしたまはむと聞きゐたり」――
作者のこのクールな感慨は好きだ。式部は「ウチの光の君」とは
決して口にしないだろう。
「ようつべ」にブラザーズ・クエィのストップモーションアニメ作品
『Street of Crocodiles 』が上がっていた。
けっこうな昔、これを観に六本木のシネ・ヴィヴァンに行ったっけ。
不気味な物悲しさただよう映像の記憶――は今はすでに断片と
化してはいるが、その細部はなおも鮮やかさを保持している。
かつて池袋西武のアートコーナーに、この作品のビデオが陳列
されていた。欲しかったけどなかなかに高価で、手が出せないうちに
なくなってしまった。
こうした作は、見つけた時に多少の無理をしてでも「確保」して
おくべきだと思い知った次第。
【“Street of Crocodiles ”の続きを読む】
なんだかお洗濯とお掃除ばっかりしていたような……(汗
原稿はそれなりに進めましたが。
しかし、
近所の○EOに和モノ特撮ビデオコーナーが「無かった」のは
ショックだったな。
く〜そ〜、遠くの○UTAYAまで出向くしかないのか〜、のか〜、のか〜
(ムダにリフレイン)。
「リンリン」が亡くなって、上野動物園のパンダ舎が空き家になってしまった……。
自分はすでに気軽には上野に出向けなくなって久しい。でも、それでも
パンダが“いない”上野動物園――なるものを思えばうっすら寂しさ忍び寄りがち。
そんな折に見つけた某ブログエントリ↓
「日本パンダ絶滅の危機」
もう、ね。思い切し同意したいとこですよ、今じゃもう東京都政もいろいろ
やりくり大変でムリめだろうけど、ね。
やー、石原氏もバカバカしい“無駄遣い”せんといて、大人しゅう中国から
パンダ借りとけば晩節を汚さずに済んだのかも、ねー。
【“上野のパンダ(2日追記あり)”の続きを読む】
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